外法

垣内玲

第1話

 私が先生に引き取られたのは、14歳のときです。うちは貧乏でした。兄弟もたくさんいました。だから、お父ちゃんもお母ちゃんも、いつもお金に困っていました。

 私は、生まれつき心臓が弱くて、言葉もうまく話せませんでした。おとな達からは、無愛想な子どもだと思われていました。おまけに、生まれつき顔に大きな痣があって、近所の子どもたちにはいつもいじめられていました。この痣です。そう、これを見ると、みんな顔を背けます。そうでなければ、すごく嫌な顔をします。まるで私が悪いみたいに。


……あなたは嫌な顔をしないんですね。


 私は、ずっと自分が悪いんだと思っていました。近所の子だけでなくて、お父ちゃんも、理由もなく私を殴りました。私が咳をしたり、息切れをしてうずくまっていたりすると、殴られました。お母ちゃんは、殴ったりはしなかったけど、私の具合が悪そうなのをみると不機嫌になりました。「ナターシャはどうして、そんなに身体が弱いのかねえ」と、うんざりしたようにため息をつくんです。だから私は、私のからだが弱いのは、悪いことなんだと思っていました。


 私は、毎日神様にお祈りしました。教会の司祭様が、お祈りをすれば神様が助けてくださるとおっしゃったので、その通りにしました。毎日教会に行くのも、村の子達には馬鹿にされました。真面目ぶってるって言うんです。でも、私は気にしませんでした。神様を信じて、良い子にしていれば、きっといつか、身体も大きくなって、みんなと同じように過ごせるだろうって思ってましたから。できれば顔の痣も…と思ったけど、外見にこだわるのはいけないことなのだと司祭様が仰るので、私は痣のことを神様にお願いするのはやめました。


 12歳のときのことです。私は、いつものように教会に行きました。その日は、収穫の時期だったので人も少なくて、私の他には耳の遠くなってるおじいさんしかいませんでした。このおじいさんは、いつもテラスに座って日が沈むまで外の景色を眺めている人で、実際には私しかいなかったようなものでした。私もお祈りをすませたらすぐに家に戻ってうちの手伝いをしなければいけないと思っていました。

 礼拝堂に入ると司祭様がいらっしゃいました。司祭様は、私を見ると、笑いかけました。いつもと違う、変な笑いでした。私は何となく不安になりましたが、司祭様は私に近づいてきて、私の肩に腕を回してきました。そして、私の病気を治せるお医者様を紹介できるかもしれないと仰るのです。私は驚いて、つい大きな声をだしてしまいました。司祭様は、詳しい話がしたいからと奥の部屋に私を連れて行きました…


……あの、この先のことも話さなくてはいけないでしょうか?


 あなたは女性だけど、でもあなたも司祭様なのでしょう?え、違う?司教?司教と司祭は違うのですか?


 とにかく、あのときから、私にとって、教会は怖いところになりました。教会を信用できなくなった私は、誰のことも信用できなくなりました。神様のことももう信じられません。私は、本当にひとりぼっちになってしまったんです。

 私は教会にいかなくなったけど、私と司祭様とのことは、村中の噂になりました。それ以来、村の人たちの私を見る目はもっと嫌なものになりました。

 私にはよくわかりません。病弱に生まれたのも、顔に痣があって不器量なのも、司祭様にあんなことをされたのも、私がそうしたいと思ったからではありません。それなのに、どうして辛い目にあっている私が責められるのでしょう。辛い目にあっているのに責められている、というよりも、辛い目にあっているから責められている、そういう感じがします。

 でも私は、自分のそういう気持ちを言葉にすることもできませんでした。村には学校がなかったから、私は本を読んだこともなかったし、そうでなくても言葉がうまく喋れないから、自分の中にあるなんだか嫌なものを吐き出すこともできなかったんです。

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