ネットパンドラ――私の足長おじさん――
せとかぜ染鞠
第1話 魔性のビート
八月の初旬だった――
土砂降りの雨に打たれながら杉の根もとに縛りつけられた。段状に長短構わず切りちゃぐられた髪と,痣だらけの全裸がこれからネットにアップされる。その後は放置され更に最悪な末路が待っている。
ここは「浮浪者の森」だ。大人の男であっても1人で通り抜けるのはタブーとされている。
リーダーの
キーンと空気が軋んだ。校内放送しょっぱなに機器が不具合を起こしたみたいな,全神経にこたえる波長の歪みだ。
突如ロックなリズムが大音量で響き渡った。雨音を切り裂くエレキギターめいた音だ。それは脳髄を突き破り溢れ出してくるようでもある。下腹部からずんずん衝動を伴う血流が押しあげ,一瞬もじっとしていられない――
手足が独りでに動きビートを刻んだ。女子らが体育倉庫から調達したバレーボールの網に拘束されていなければとっくに踊り出していただろう。
実際ほかの女子8人は頭を振って腰をくねり激しく乱舞している。口々に不本意を叫ぶが,体は言うことをきかないらしい――ああ何てことだろう。名門中学の制服を脱ぎ捨て下着まで毟りとり泣き喚きつつ有られもないありさまをネットにアップしはじめた。
暴風に煽られる木立の陰から浮浪者たちがぽつりぽつりと姿を現す。リズムに乗って銘々の振りつけを披露しながら迫ってくる。号泣できても逃避できない女子らを助ける者などいない。あっという間に無数の浮浪者たちに包囲される。
側転バク転ヘッドスピン,ウィンドミルにサイドウォーク,ぶらさがる木枝から別の木枝へ飛び移りサーカス宛らに開脚ポーズを決めてみせる。
どうしてよく知る顔もある。盆踊り風に手足を曲げて前進したかと思えば立ちどまり駝鳥みたいな姿勢で臀部を震わせる――指名手配の貼紙に見た快楽殺人犯だ。
殺人犯の背後で鉄仮面がターンする。シルクハットに燕尾服という装いだ。リズムに揺れつつ肩に据えた銀のタブレット面に手指を滑らせる。恰も楽器を奏でているようだ。悦にいったダンスは洗練されてはいるものの薄気味悪さを含んでもいる。細長い上体を恐ろしいほど後ろヘ反らせ,勢いこんで前にのめる拍子に頭がもげて異次元へでも飛んでいきそうで。
だが何よりも違和感を発しているのは足の長さだ。その2本の足ときたら殺人犯の頭頂部より高い位置からのびている……
鉄仮面と視線があった。音楽がぶつりと途切れる――
逃げる者と追いかける者とが入り乱れつつ散りぢりになり,視界の人影が一掃された。爆発的な蝉時雨が襲来し,脱殻が爪先を掠めて転がり落ちる。
樹木の間隙から覗かれる空に色境の鮮明な虹がかかっていた。
七色の光帯の収斂する一点に存在しているような錯覚に陥りながら,逆光のなかで振り翳されるナイフを眺めていた。
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