第27話 結婚式

「ちょっとパパ、ママ。私達自分達でそろえるってば」

「結婚したらいろんなところにお金は必要になるんだから、あなた達のお金はその時のためにとっておきなさい」


 結婚式を来週に控えた日曜日。

 啓太も一緒に家電購入に行く予定であったのだが、急遽啓太が勤務になってしまったので、恵里菜は両親と一緒に家電量販店に来ていた。

 なので、前日の土曜日に啓太と恵里菜で購入予定の冷蔵庫、テレビ、テレビ台、レコーダー、オーブンレンジ、トースター、洗濯機をある程度決め、下川家の両親が来るというので購入を任されていた恵里菜。

 店員の話を聞いて冷蔵庫も洗濯機も将来を見据えて大きめのものに変更し、購入手続きに入った時、今後のためにもクレジットカードを作っておこうと量販店が押しているクレジットカードを契約していたところ、美恵が購入を済ませていた。

 

「もう、そんなこと言ってえ、この間も家で啓太と見ていたベッドやソファを買ったって言ってたじゃない」

「そりゃそうよ。だって娘が嫁いでいくのよ? それくらいしなきゃダメじゃない」

「そういう問題?」

「そういう問題!」

「ぶー――」


 と恵里菜はぷくっと膨れ顔になる。

 と、そんな娘の膨れた頬を人差し指と親指でつぶすと、


「これくらいさせなさいっての。あなた、お姉ちゃんには甘える癖に私達には甘えてこないんだから――」

「もう――でもありがとう」

「どういたしまして。これからもちゃんと甘えてくるのよ?」


 と、美恵が娘の頭に手を置いてポンポンとする。

 

「もう、私結婚する大人なんですけど!」


 と、恵里菜がまた膨れっ面になる。

 

「ほら、膨れない! あなたもお姉ちゃんも私達にとってはいつまでも子供なのよ」

「むー――」

「いずれあなたにもわかるわよ、この気持ちは」


 と美恵に微笑む美恵。

 

「それにしても、日曜まで仕事が入るとは、自衛隊も大変なんだなあ」


 と修二が言ってくるので、

 

「あ、それは啓太の部隊がそういう部隊だからってのもあるかな――たぶん今頃なら出ると思うよ」

「は? どこにだ――」

「もちろん駐屯地」


 と、恵里菜は駐屯地に電話をかけてスピーカーホンにした。

 2コールした後、

 

『はい、陸上自衛隊福岡駐屯地です』


 と、啓太が出た。

 

「あ、啓太。お仕事お疲れ様」

『は? ちょっと待って』


 と保留になって、

 

『恵里菜、交換手に私用で電話かけてくんなって』

「ゴメンね。あとね、今パパとママもこの電話聞いてるんだよ」

『はぁ?』

「啓太君、お仕事ご苦労様」と修二。

「啓太さん、お仕事お疲れ様です。買うものは全部終わりましたから。ベッドと同じ日に届くようにしておきましたから、あとはお願いしますね」と美恵。

『あ、お義父さんにお義母さん。ご迷惑をおかけしてすみません。それからありがとうございます』

「いやいや。これくらい迷惑な内には入らんよ」と修二。

『すみません、ありがとうございます。では仕事がありますのでこれで失礼します』

「お仕事中に失礼しました。啓太さんお体には気を付けてくださいね」


 と美恵が言った後で「じゃあまた後でメールするね」と恵里菜が最後に言って電話を切った。

 

「2人とも、駐屯地に電話したの初めてなんじゃない?」

「そりゃそうだろう。いや、しかし啓太君も大変な仕事だな――」

「まあうちみたいな駐屯地だと大変みたいよ。啓太の部隊は私にも話せないことが多いみたいでさ」

「そうなの?」

「そうなの。自衛隊ってそういうところなの。だからお姉ちゃんも詳しい話ししないでしょ?」

「言われてみればそうだな――」

「それはね、言っちゃうと特定秘密保護法っていう法律に違反することになりかねないのと、自衛官が違反しちゃうとそれは重罪になっちゃうんだよ」

「そうなのね――」

「そ。だから、啓太が最初に私に注意したでしょ?あれもそういうことなんだよ」

「大変なのね、自衛官って――」

「そう、大変なのよ」


 と、なぜか胸を張る恵里菜――まあ「エッヘン」と言わないだけ成長した、のか?

 

 

 

 結婚式を三日後に控えた水曜日――。

 啓太と恵里菜は家電家具が届くのを朝から新居でアイスクリームを食べながら待機していた。すでに電気ガス水道といったライフラインは開通してあり、エアコンも全室に備えられていることから、とりあえず全室エアコンをつけて各部屋を熱を取っている。

 

「何時くらいに来るんだっけ?」


 と恵里菜が聞いてくるので、啓太はスマホに登録した情報を確認した。

 

「えっとね、ベッドとソファ、ダイニングテーブルセットが10時頃、家電が午後ってなってるけどまだ連絡来てないや」

「了解――ねえ、もう今日からこっち住めるんだよね?」

「ん? 住むだけなら先週から住める状態にしてあるよ?」

「そなの?」


 と食べ終わったアイスの棒をコンビニ袋に入れる恵里菜。

 

「そ。でもせっかくだから家具とか来てからの方が良いだろうと思ってさ。だから掃除には月曜日に来たんだけどね」

「あ、だからあの日いなかったんだ。もう連絡くれれば――」

「でも恵里菜は仕事だったでしょ?」

「はい、そうでした――」

「こういうことは分担すればいいんだよ。家事全般恵里菜がやらなきゃいけないなんてことはないんだからさ」


 そう啓太に言われた恵里菜は、啓太に抱き着いた。

 

「ありがと。でも、家事は私の仕事。これは譲りません!」


 と、恵里菜は啓太の鼻の頭を人差し指で突いた。

 

「わかったよ。でも忙しい時や辛いときはいつでもやるから言ってくれよな」

「わかった。啓太、大好き!」


 と恵里菜は啓太にキスをした。

 そのまま2人はお互いの唇を堪能し合い――し合っているところで、呼び鈴が鳴った。

 

「はーい」


 と啓太からぱっと離れた恵里菜はインターホンで相手を確認する。

 インターホンはカメラタイプのもので、画面に運送屋の運転手らしい男性の顔が映っていて、宅配便であることを確認した2人は揃って玄関に向かった。

 

 最初に到着したのはベッドと寝具だった。

 設置までしてくれるというので、寝室として使用する2階の8畳間に設置してもらった――のだが、デザインは啓太達がいいねと言っていたやるだったのだが、サイズがクイーンサイズで2人ともその大きさにびっくりしたのであった。

 啓太は間違いないかを確認したところ、間違いはないという。

 そしてこのベッドも買ってくれた美恵に聞くと、

 

「ダブルベッドじゃ狭いわよ」


 という一言で片づけられてしまったのだった。

 

 そして続々と家具が届く中、お昼前に家電が届くという電話があった。

 家具が設置されている中、家電も届いた。

 啓太が一番驚いたのは、冷蔵庫よりもテレビだった。

 壁側に設置されたテレビの大きさは50インチ。

 

 ――大き過ぎじゃね?……

 

 と思った啓太であったが、そのテレビのチャンネル設定やってもらってて、

 

 ――こりゃ見やすいかも!

 

 と認識が変わってしまった。


 リビングに白いリビングに黒を基調としたソファと白を基調としたダイニングテーブルに、ブラウン系のコーナータイプのダイニングソファに、ガラス天板のローテーブル。壁側に50インチのテレビに洗濯場にはドラム式の乾燥機能付きの洗濯機に、「吸引力が変わらない」という例のメーカーのサイクロン掃除機。

 これで最低限生活する事ができるようになった鳴無家。

 色々落ち着いたところで、恵里菜は先程中断されたキスをせがみ、啓太はそれに応えた。

 キスをして落ち着いた2人は、今のうちにと、お隣の山中三曹と上官にあたるらしい吉田一曹のお宅に引っ越しの挨拶に行った。

 

 呼び鈴を押すと、インターホンから女性と子供達の声が聞こえてきて、

 

「この度、隣の部屋に引っ越してきました鳴無と申します。ご挨拶にお伺いさせていただきました」


 と啓太が言うと、「お待ちください」という返答があってすぐに白い綿生地のエプロンを付けた女性が出てきた。

 できた女性は、吉田一曹の妻・吉田茜よしだあかねという。

 

「どうも初めまして。隣に引っ越してきました鳴無と申します。こちらは妻の恵里菜です。どうぞよろしくお願いいたします」

「あらあら。これはご丁寧に。私、吉田と申します、こちらこそよろしくお願いいたします。やっぱり自衛隊さん?

 

 挨拶を交わした後、吉田一曹婦人としばらく話していると、吉田一曹婦人の背中から男の子がひょいと顔を出してきて、女の子が婦人の後ろに隠れ気味に顔を出してきた。瓜二つの男の子と女の子。どうやら双子だという。

 

「2人共、ご挨拶は?」

「僕、吉田亮太よしだりょうた。5歳!」


 と男の子がちょうど歯が生え変わりの時期なのか、前歯が一本ない状態でニカッと元気な笑顔で左手をパーにして突き出して言った。

 

「私、吉田香よしだかおりです。5歳です――」


 対する女の子は恥ずかしそうに自己紹介してくる。

 

「はい。今度お隣に引っ越してきた鳴無といいます。2人ともよろしくね?」


 と啓太が言うと、亮太が「うん! お兄ちゃんあそぼー!」と吉田一曹夫人から前に出てくると、啓太の右腕を掴んだ。

 対する女の子は「お兄ちゃんが遊ぶなら私も――」とおっかなびっくり啓太の左腕に手を置く。

 

「こら――」


 夫人は注意するが、元来子供好きな啓太は懐いてもらってニコニコ顔である。

 

「いえいえ。ちょっとだけなら大丈夫ですから」


 と啓太が答えると、

 

「主人、子供大好きなので。今度是非うちにも遊びに来てくださいね」


 と恵里菜がニッコリ微笑んで吉田夫人に言う。

 吉田夫人も「すみません」と言っているが、隣に引っ越してきたのが優しそうな人達でよかったと、内心胸をなでおろしていたのだった。

 そして啓太はというと、小一時間ほど子供達のおもちゃと化していて、それを見ながら笑う恵里菜。そんな新婚2人に申し訳なさそうにしながらも微笑んでいる吉田一曹夫人であった。

 

 その夜、吉田一曹夫人は帰宅した吉田一曹に啓太達の話をしたところ、

 

「なに?あのドケチカップルが引っ越してくるのか?」


 と言い、婦人にたいそう怒られたそうだが、吉田一曹が理由を話すと「ドケチ」というワードが別におかしくはないなと思ってしまう婦人なのであった――。

 

 

 

 金曜日――。

 啓太と恵里菜は結婚式を行うため、再び宮崎入りしていた。

 披露宴は来週福岡で行なうことになっている。披露宴では恵里菜はウェディングドレス、啓太は白の爪入り礼服に腰にサーベル差す、自衛官の披露宴ではおなじみの出で立ちでひな壇に立つことになっている。

 

「宮崎、さすが南国だけあって、まだ熱いね」

「確かに」


 今回は行きも帰りも飛行機である。

 式に参列する親族たちとはホテルとして予約していた青島グランドホテルで合流した。

 式には、伊原三佐夫婦にゆかり、下川家の両親と成美・健司夫妻とその息子成司せいじ。それに下川家の親族と、啓太の親族も2人いた。

 1人は啓太の母親の従姉にあたる橋本加奈はしもとかな

 もう1人は、加奈の母親であり、啓太の祖母の妹で啓太にとって大叔母にあたる田中美紀子たなかみきこであった。

 

「啓太さん、久しぶりですね。元気そうでよかった。こんなに立派になって良子ちゃんも喜んでるはずですよ」


 と加奈はハンカチで涙を拭って啓太をハグした。

 加奈はなかなか子供ができず、夫とも不仲になり結局離婚してからずっと母・美紀子と暮らしていた。

 

「啓太、つらい思いをさせて申し訳なかったね。でもよくここまでまっすぐ生きてくれた。それだけで私は嬉しいよ」


 と美紀子もまた啓太がこうして立派に結婚をすることにうれし涙を浮かべている。

 

「加奈姉ちゃんも美紀子おばさんも来てくれてありがとう」


 啓太は2人とハグを交わした。

 その後、加奈と美紀子は伊原三佐と話をして、伊原三佐のエスコートで止まる部屋に向かった。

 啓太達は、前回泊った部屋をまたチョイスして、来てくれた人みんなに部屋の階は違うけど、この青島のパノラマビューを堪能してほしくて全室南向きの部屋を予約していた。

 

 みんな啓太・恵里菜夫婦が感じた青島のきれいな海を堪能してくれていた。

 

 

 翌日、啓太と恵里菜は神社の指示通り皆と一緒に参拝した後、2人は袴と白無垢に着替え、参列する皆と一緒に境内へ入場した。

 時間は土曜の午後という事もあってか、参拝者も結構いる中執り行われる結婚式となった。

 

「花嫁さん、きれー!」

「こんな結婚式挙げてみたい!」


 など、色んな声が上がったのと、結婚式やってるとのつぶやきが多くアップされて一時青島神社結婚式というハッシュタグがトレンドに上がるほどであった。

 

 神職による祓い清めのあと、神様への結婚報告の祝詞奏上が行われ、三献の儀という所謂三々九度を行った後、啓太と恵里菜はお互いに指輪を交換した。この指輪は福岡から持ち込んだ2人で決めた初めての指輪であった。

 啓太が婚約指輪を外した恵里菜の左手の薬指に結婚指輪を填めると、恵里菜の目から一筋の涙がこぼれた。これで本当に啓太の妻となることができた。その感激からこぼれた涙であった。婚姻届けを出した時には笑顔であったが、結婚指輪を填めた今、交際期間1年8か月、「ドケチの妻」とか言われながらも啓太についてきた恵里菜。そして啓太についてきたからこそ駐屯地でも普通に過ごせるようになり、駐屯地の外へも行けるようになった。

 他人に言わせればそんなことかと言われるかもしれない。けれども恵里菜にとってはその変化が一番大きなことであり、そしてそれは啓太と恵里菜お互いの愛情があればこそのことであることは姉の成美をはじめ、健司も両親も、山中三曹も、そして今は自衛隊福岡病院で勤務する同期の清水士長も理解しているし、健康管理室長の加藤二尉も然り、岡曹長も然りである。そう言った理解してくれる人達がいることが恵里菜にとっても勇気が出てきたし、自分でも少しずつでもいいからと啓太と一緒に駐屯地内でのデートを楽しんだ。時には喧嘩になったこともあったけど、それでもすぐに仲直りもできた。

 一部には啓太に依存しているんじゃないかと言ってくる勘違い意見もあったりしたが、啓太や山中三曹の「無視しておけばいい」という言葉に救われたし、無視することで楽になった。たぶんそれから徐々に啓太のいる男子営内隊舎に啓太を迎えに行けるようになったりもしたし、男子自衛官に話しかけられても怯えることもなくなっていったんだろうと、恵里菜は思っている。

 そんな色んな事が指輪を填めてもらう、その一瞬ともいえる時間で走馬灯のように流れてきたのである。

 

 そして、それは啓太とて同じであった。

 啓太が勇気を出して告白した、それから啓太と恵里菜の時間は動き出した。

 基地通信という特殊な部隊で夜勤とかもあって疲れているときには恵里菜が癒しになってくれたりもしたし、周囲から「ドケチ」だと言われても気にしないふりをすることに辛さを感じたこともあったけど、それも恵里菜と交際を始めてからそれを辛いと思わなくもなった。

 それが今に繋がっていると啓太も感じている。

 2人は共に歩んできたこの1年8か月というときの走馬灯を見て、そして独身時代に別れを告げて紙切れではない、精神的にも夫婦となり、新たな人生をスタートさせたその瞬間でもあった。

 そして交互に誓司奏上せいしそうじょうを行い、立会人としてお願いしてあった伊原三佐と修二と共に玉串奉納を済ませると、親族盃の儀を行った。さすがに未成年のゆかりや成司は除外されたが。

 親族盃の儀を終えた後、撤餞の儀てっせんのぎで斎主を務めた神主さんから青島神社の成り立ちや山幸彦と豊玉姫の神話の話、それに啓太と恵里菜が婚前旅行でこの神社を訪れていた事などを織り交ぜながら2人が幸せな家庭を築けるようにと祈りを捧げてくれた。

 そして退場。

 二か月前、ここで結婚式を見ていなければこの青島神社で式を挙げる事すら知らなった2人。

 

 神前から退場してきた啓太と恵里菜に祝いの言葉を投げかけてくれたカップルがいた。

 これも偶然なのか、必然なのか。そのカップルは2カ月前にここで啓太と恵里菜が祝いの言葉を投げかけたその夫婦であったのだ。

 そして啓太と恵里菜はその夫婦と一緒に写真を撮り、許可を取って恵里菜が「2か月前に結婚式を挙げていたご夫妻と再会しました」という写真付きのツイートを挙げたところ、それが2万の「いいね」がついてバズッたのだった。

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