第11話 中隊長と部下 叔父と甥

 演習場整備も期間内に順調に終わり、予定していた日程よりも1日早く終わったため、その日の夜最終に熊本市のとあるホテルの宴会場にて、整備完遂壮行会と題して所謂が催された。席順は各部隊毎となっており、啓太と明美は102いちまるに基地システム通信大隊のテーブルに着いていた。大隊からは大隊お膝元の302さんまるに中隊からは3名、304さんまるよん中隊が啓太と明美の2名、319さんいちきゅう中隊は2名、321さんにーいち中隊が2名の計9名が参加していたが、内3名が陸曹候補生受験のため終了早々に帰隊した為、102大隊からの参加者は6名であった。


 その中で、啓太に話しかけてきた隊員がいた。それは、啓太の陸曹教育隊の同期でもあり、同じ大隊所属でもある山下和弘やましたかずひろ三等陸曹であった。


「鳴無三曺、久しぶりだね」

「やあ、山下三曺。電話ではちょくちょく話すけどね。奥さん身重なんだって?」

「おう、来月出産予定だわ」

「それは楽しみだね」

「それはそうと、鳴無三曺、そこの婦人自衛官W A Cに聞いたけど、この間演習場でプロポーズしたそうじゃないか!名前通りおとなしそうな顔してあんな若い子捕まえるなんて」


 と、山下三曺は啓太の背中を叩いた。

 その時ビールを飲もうとしていたところで危うく吹き出すところだった。


「こら山下三曺、危なかったじゃないか!」

「そりゃ狙ったからな」

「相変わらずだなあー」

「何を勘違いしているのか知らないけど、相手はそこの松永士長じゃないよ」

「そうなのか?じゃあどこの婦人自衛官W A Cなんだよ?」

「それは秘密」

「教えろよ、同期の櫻を歌いあった中じゃないか」

「それはあとのお楽しみ」

「そりゃないぜ!」

「山下三曺だってそうだったじゃないか」

「そ、それは言わない約束だろ?」

「じゃ、そういうことで」

「そういうとこ、ホント変わんないのな」

「人間、そうそう変われないからね」

「チェッ」


 さすが同期。

 しばらく顔を合わせていなくてもすぐに同期らしく冗談が言い合えたりする。

 実際同期とは、ある意味一生の付き合いの関係になることが多い。


「そういえば山下三曺、井上三曺の事聞いた?」

「ああ。なんでも柱上作業中に落ちてしまったらしいな」

「そうらしいね。俺達もお互い気をつけなきゃな」

「そうだな──」


 話題に上がっている井上三曺とは、都城駐屯地に配属されていた有線通信モスをもっていた啓太達と同じく基地通信部隊の啓太、山下三曺と陸曹教育隊での同期だった元自衛官のことである。

 雨天での電話器設置の際、電柱上での作業を行おうと電柱に登り安全帯を取り付けようとしていたところ足を滑らせて落下、腰を骨折して脊髄も損傷してしまい、結果依願退職をしたのだった。


「それはそうと、山下三曺、柱上で両手外せるようにはなったかい?」


 と、啓太が山下三曺を見てニヤリとする。

 対する山下三曺はしどろもどろになってくる。


「それで、どうなの?」

「ホント、お前ってキツイ時には超キツイよな

「山下三曺の高所恐怖症はまだまだ治らないのか。そこの松永士長でも両手離して作業できるよ」

「グ……」


 山下三曺のうなりにニヤリと不敵な笑みを返す啓太。


 ──へえ、こんな表情かおもするんだなあ……私、鳴無三曺のこと全部知ってるつもりだったけど全然だ。きっと下川三曺もこういう鳴無三曺のことしってるんだろうな──


 啓太と山下三曺とのやりとりを見ていた明美はぼんやりとそんなふうに思いながら二人を眺めていた。




 ☆☆☆ ☆☆☆




 健軍での壮行会の翌日、迎えに来たハマコウの運転で、啓太と明美は健軍駐屯地から福岡駐屯地へ帰隊した。


 中隊長であり啓太の叔父でもある伊原良一いはらりょういち三等陸佐に帰隊報告をするため、中隊長室を訪れていた。


 「気をつけ、敬礼!」


 啓太の号令で2人は気をつけをして伊原三佐に十度の敬礼をする。


「直れ」


 啓太は明美が敬礼から直ったことを横目で確認をして、


「鳴無三曺以下2名、演習場整備を完了し、只今帰隊しました。


 と、帰隊報告をし、再度十度の敬礼のご号令をかけて帰隊報告を完了した。


 伊原三佐は、敬礼から直ったところで一つ大きく頷いた。


「鳴無三曺、松永士長、この度の演習場整備ご苦労様!あちらでの活躍はきいているよ。

 そして松永士長、演習場での木注上作業もしたそうじゃないか。ただ安全にだけは気を配って欲しい。

 先日も中隊朝礼で話したが、319さんいちきゅうの井上三曺の件もあるからね。

 そういえば鳴無三曺が陸曹教の同期だったね」

「はい、先日も302さんまるにの山下三曺と話したところでした」


 伊原に振られたので、啓太は先日の山下三曺との会話の件を話した。


「うむ──。

 事故はつきものだ。しかし事故を起こさないようにするためには日頃からの訓練と、状況判断が必要だ。

 松永士長、井上三曺はあの時どうすべきだったと思うかね?」


 と伊原三佐は今度は明美に振った。

 しかし、明美には答えられなかった。それはこれまで啓太の指示通りに動いていただけに過ぎなかったからだった。

 なので、


「すみません、わかりません」


 素直にそう答えた。


「うむ、松永士長もいつまでも二士、一士のつもりで仕事をしていてはならん。今後は直長の鳴無三曺をはじめとして、諸先輩の動き、判断をしっかり見て、その時の最善が尽くせるようにしなさい。

 もしこれが有事だったら、今この隊舎はすでに瓦礫になっていたかもしれない。

 我々自衛官は常に最善の行動をし、生き残り、そして国を守ることが求められている国家公務員だ。

 だから、その意識は常に持っておかねばならん。いいね、松永士長」

「はい!」


 明美の返答に大きく頷いた伊原三佐は同じ質問を啓太にもした。


「あの時は雨天だったと聞きます。雨天では落雷等の危険要因が多分にあるため、柱上作業を伴わない工事方法の選定を行うべきだったと考えます。

 ただどうしても柱上での作業が必要になる場合は、半長靴の靴底が十分にあることを確認し、またゴム手袋等滑り止めをしっかりし、さらに視線の確保のため、ゴーグルを使用するなどの措置が必要だったと考えます」


 と啓太が答えると、伊原三佐は一つ頷いて、


「松永士長、これが鳴無三曺の判断基準だ。もし松永士長が柱上作業を命じられた場合、どうする?」


 と伊原三佐は再び明美に質問をした。


「私は雨天での柱上作業の経験がないため、直長へ作業辞退を申し上げます」


 と明美が答えると、伊原三佐はようやくにっこりと笑って、


「そうだ。それでいい。わざわざできそうにないことをやる必要はない。無理をすればそれだけ周りを巻き込んでしまう。だからそういう時は松永士長が言ったようにできる人にやってもらうのが一番だ」

「はい!」


 明美の返答にも大きく頷いて、


「2人とも今後の活躍にも期待する。今後も励んで欲しい、以上」


「気をつけ、敬礼、直れ。鳴無三曺以下2名はこれより電話隊へ復帰します」


 そしてもう一度十度の敬礼をした2人は中隊長室を出ようとしたところ、


「鳴無三曺、ちょっといいか」


 と伊原三佐に呼び止められた啓太は、明美に先に局舎に行っておくように命じて中隊長室に留まった。


「中隊長、何か?──」


 そう啓太が尋ねると、


「いや、ここからは上官部下ではなく、叔父としてだ」


 と言って、ソファに座るように促した。

 啓太は「失礼します」と断って促されたソファに腰を下ろす。


「啓太君、話は漏れ聞いているよ」

「えと、何のことでしょうか?」

「結婚のことだよ。相手は業務隊の下川三曺なのだろう?」

「なぜそのことを──」


 と啓太が聞くと、伊原三佐はにっこり笑って、


「結婚のことだよ」

「まだ完全に決まったわけではないですから──」

「これから下川三曺の親御さんへの挨拶をするんだろう?」

「まあそうですね」

「わかった。その時はぜひ声をかけてくれないか?」

「え?」

「私は慶太君の親代わりでもあるからね」

「でも、よろしいのですか?」

「もちろん。それとも私じゃ不満かい?」


 と伊原三佐が笑っていうので、


「そんな滅相もない」


 と、啓太は顔の前で手をふって否定した。


「本来なら兄さんと義姉さんが立つんだろうけどね。きっと兄さんも義姉さんも喜んでいると思うよ」

「そうでしょうか?私が自衛隊に入隊することを最後まで反対していた両親でしたし」


 と啓太が言うと、伊原三佐はフフフと笑って、


「兄さんは元自衛官だったからね。厳しさをわかった上で、君を試したんだよ」


 と伊原三佐は啓太の頭のその上を見上げて言った。

 父親が元自衛官だったことは初耳だったから啓太は驚いた。


「兄さんは、37普通科連隊でね、まああそこは厳しさでは有名だったから。今でもかなりだそうだが……」

「そうだったんですね、知らなかったです──」

「まあ義姉さんと結婚する前に怪我をして辞めてたんだよ。兄さんはとにかく責任感だけは強くね。私もよく怒られたものだよ。まあ責任感の強さは君に受け継がれたようだがね」


 と伊原三佐は啓太を見て微笑んだ。


「確かに父は厳しい人でした。でも理不尽なことを言われたことは一度も……なかった、です……」


 啓太は父親を思い出して思わず涙が溢れた。


「君は気丈だったからね。私も家内も心配していたんだよ。あの時、君は自衛隊の入隊が決まったばかりで、高校生活もまだ半年残っていたし。私達がいくら手を貸そうとしても受け付けなかったからね。

 その君がまさか私の中隊に来るとは思ってもいなかったよ。

 君は良い青年になった。なってくれた。

 私はそれだけで嬉しいんだ。

 だからね、これは私の勝手なお願いだが、結婚式の時、新郎の親代わりとして私と家内をつけてはくれまいか。

 答えはまだ後でいい。

 考えておいてくれないだろうか」


 伊原三佐は、部下である啓太に叔父として頭を下げた。


「叔父さん、いえ、中隊長。ここは職場です。中隊長らしく毅然としていてください。

 私も結婚式の時の親をどうしようか考えていたところです。

 それにその時は中隊長にお願いしようとも思っていました。ですから、その時はよろしくお願いいたします。

 それにまだ先方からお許しをいただけるかもわかっていません。ですから今はこの程度で」


 今度は啓太が頭を下げた。

 むしろ、自分の上官でもあり、おじでもある伊原三佐がそんなふうに思っていてくれたと言うことが啓太は嬉しかった。

 だから、全ての状況が整ったら、伊原三佐と叔母さんにお願いしに伺おうと決めた啓太だった。


 啓太が中隊長室を出て電話隊の局舎に戻ると、みんなから手厚い激励を受けた。

 演習場整備完遂もその一つだが、一番大きいのは恵里菜へのプロポーズと恵里菜からの了承を得たことである。


「とうとう鳴無三曺も『おとなしい』返上だな」


 と意味不明な親父ギャグを飛ばす山崎曹長。


「そんなの生ぬるいですよ。ようやく目覚めたんですよ鳴無三曺は」


 とこれまた意味不明なことをいう工藤二曹。


「違いますって、鳴無三曺がはじめてを捨てたってことですよ」


 という隆太の意味不明なギャグで、一斉に周りがいつもの状態に散らばって行った。


「安川士長、バカ言ってると24時間勤務1週間与えるぞ」


 という山崎曹長。


「1ヶ月でいいんじゃないんですか?」


 という工藤二曹。


「死にますって」


 と言う隆太に、工藤二曹が隆太にサムズアップして見せる。


「大丈夫、安川士長なら大丈夫だ」


 今日も電話隊は通常営業日のようである──

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