第9話 ハマコウの相談
啓太はハマコウの相談に乗るため隊員クラブで食事をすることを恵里菜にメールすると、すぐに恵里菜から
『了解。じっくり相談に乗ってあげてね♡
恵里菜』
というメールがすぐに返ってきた。
まあいつものことといえばいつものことである。
恵里菜とメールをしているところを盗み見た工藤二曹は恵里菜からの最新のメールを読み上げた。
「んー?
あしたはやきんだよね?あさってのおひるにむかえにいくね、はーと。えりな」
「な、何を読んでるんですか?」
メールを読まれた啓太は、慌ててスマホのロックをかけて机の中にしまった。
そんな啓太を工藤二曹はニヤニヤしながら、
「鳴無ちゃん、お熱いことでいいねえ」
どこのスケベオヤジかという口調で言う工藤二曹。
工藤二曹に続いて、龍太がこれまたニヤニヤしながら、
「駐屯地の中でデートしてる中じゃないですか、ドーンと行きましょうよ、ドーンと」
「いや、お前はそのドーンと生きすぎなんだって」
龍太に工藤二曹が突っ込んだことで通信局内が爆笑に包まれた。
☆☆☆ ☆☆☆
課業終了らっぱが鳴り、電話交換室にいる全員が国旗掲揚台の方向に向かって整体して国旗に経緯を表す。
らっぱが鳴り終わり、電話隊の先任曹長である
「隊長に敬礼!」
と号令をかけると、電話隊全員が電話隊隊長武田三尉に十度の敬礼をする。
さすがにみんな慣れたもので、敬礼号令がかかると、皆一斉に敬礼を行うことができる。それだけ新教前期教育訓練や陸曹教育課程での訓練が生かされている証拠でもある。
「直れ」の号令がかかり、武田三尉から「ごくろうさん」という労いの言葉があり、さらに山崎曹長の「分かれ」の号令があってはじめて自由に行動ができる。
自衛隊というか組織というものは公も民も大して変わらないものである。
まあ民でここまで徹底した統制をとっているところも珍しいだろう。
「さあ、鳴無ちゃんは今日もデートかな?」
と知っているのに聞いてくる工藤二曹。
「いえ違いますよ」
と啓太が答えると、当然だが恵里奈と啓太のメールを知らない隊長、隊員、技官も一斉に啓太へ振り向いた。その中には明美も含まれていた。
「お、お前どうしたんだ?別れたのか
と隊長席から立ち上がって武田三尉が言った。
ただ、その声が少々大きかったものだから、宮原技官に振り向きざまにきつい目で立てた人差し指を口元に当てて「シッ!」と抗議されたので、慌てて口を塞ぐ武田三尉だった。
「別れていませんよ。今日は浜砂二曹に隊員クラブで食事しようということでして」
と啓太がいうと、
「なんだそうか」とホッとして椅子に座る武田三尉。
そして、
「あ、俺も一緒でいいっすか?」
と龍太が言ってきたのだが、これを啓太は止めた。
「それはだめ。なんでも相談したいことがあるらしいから」
「ええ、相談なら俺にも乗れるのに」
という隆太に、
「お前が相談に乗れるのはピンクネタだけだろ?」
工藤二曹が突っ込んだので、電話交換室中が爆笑で包まれた。
が、そこに宮原技官が立てた人差し指を口に当ててみんなを睨んだ。
すると、みんな一斉に口に手を当てて、夜勤者を除く全員が通信局舎へ移動するのだった。
通信局舎に移動し、書類をまとめ終わった啓太は時計を確認した。
時刻は
そろそろ営内隊舎に戻って準備しないといけない時間だ。
「じゃあお先にあがります」
まだ局舎に残っている井上二曹、山崎曹長に声をかけた。
「おう,お疲れさん。ハマコウさんの悩み聞いてあげてな。ハマコウさん、単身赴任で営内にいるからって妙に遠慮しているところがあるから」
と山崎曹長が言ってきたので、啓太は「了解です」と啓太は答えて局舎をあとにした。
啓太が営内隊舎に着くと、隊舎の入り口に恵里菜がいた。
「ごめんね。その営内の人の相談に私も乗れないかなって思って──」
と恵里菜が言ってきたので、啓太は少しうーむと考えて、ハマコウの携帯にかけ、ハマコウに恵里菜も同席させて良いかを尋ねてみた。すると了承をもらえたので、
出入口では、恵里菜とハマコウが談笑していた。
何を話ていたのかを聞いてみると、実は恵里菜の義兄に当たる安居曹長がハマコウが陸曹教育隊の時の班長だったんだそうな。
世間は広いようで実は意外と狭かったりもする。それが自衛隊という組織の中では民間と比較すると遥かに狭いものなのである。
☆☆☆ ☆☆☆
隊員クラブへ入店した3人は、奥の席に着いた。
隊員クラブは、営内者が気軽にお酒を飲める唯一の場所でもあるため、そこかしこで「それ外で言ってないだろうな」的な話題とかも飛び交っていたりもする。まあ自衛官というもの余程の人間でない限り、秘密保全意識は高いため、そういった話題は外ではしない。その分、隊員クラブではある意味無礼講で色んなやばい話も飛び交っていたりもするのだ。
まあ一般の人間は入れない場所でもあるからこそそういう話もできるわけなのだが──
「いらっしゃいハマコウさん。あら、鳴無さんに恵里菜ちゃん。珍しい組み合わせね」
席に着いた3人に隊員クラブで働く啓太と同い年のいわゆる看板娘である。名を
「由香さん、こんばんは」
「こんばんは由香さん」
「由香さんこんばんは」
三者三様で床に挨拶をする。が、
「もう、鳴無さん。由香って呼び捨てでいいって言ってるのに」
と由香が啓太にそう言って近づこうとするのを
「由香さん、もう酔っ払ってるんですか?」
と、恵里菜がにっこり笑って止めた。
止めに入った恵里菜を見て、
「さすが、本物の彼女には勝てないわねぇ」
と、クスクス笑いながら二人から離れた。
「冗談はさておき、本当に珍しい組み合わせだけど、何か訳有り?」
「え?ええ、まぁ──」
由香の問いにそう啓太が答えると、
「了解。それなら、3人ともこっちきて」
と、由香は啓太達を扉の向こうに案内した。
そこは個室になっていて、結構きている啓太と恵里菜も初めてみる部屋だった。
「由香さん、この部屋は?」
部屋の中をキョロキョロ見ながら啓太が質問すると、
「か・く・し・べ・や」
と人差し指で一文字ずつ横にずらしながら由香は答えた。
「こんな場所があったなんて──」
3人とも感嘆しながら部屋を見渡す。
「ここならどんな話でも誰にも聞かれずにできるわよ」
と、なぜか胸を張っていいう由香。その豊満な胸がボヨンと揺れた。
その揺れが気になった恵里奈が由香に聞いてみると、「実はHカップなの」とこっそり教えてくれた。そのサイズに驚いた恵里奈は目をまん丸にして由香の胸をガン見するのだった。
そんな恵里菜の視線が気になった啓太は恵里菜の視線を追っていき、由香の豊満な胸に視線が釘付けになってしまう。
まあごく普通の若い男ならば誰だってこういうことになってしまうのは、まあ仕方のない話であるのだが、女の恵里菜にしてみればそれは面白くはない話であり──
ガスッ!
恵里菜が啓太のスニーカーを思いっきり踏み込んだ。そうなれば当然──
「いってー!」
「啓太のエッチ!」
「いやあ、鳴無さんの熱い視線燃えるわー」
「鳴無三曺……まあ、しょうがないな──」
しばらくは痛がっていた啓太もようやく復活してきたことで、3人ともに席につくことにした。
席順はドアからみて右側にハマコウが一人で座って、左側の奥に啓太、手前側に恵里菜が座っている。
そして、本題に入る──。
そう、本題はハマコウの相談に乗るということなのである。
啓太が実はむっつりだったという会ではない──いや否定はしないのだが──
「まあ、言いにくいのだけど──」
それぞれにビールがきて、オードブルの串盛り合わせが届いて乾杯した後、突如ハマコウが相談の口を割った。
結構重そうな出始めに、啓太も恵里菜も生唾をごくりと飲んでしまった。
「先日、子供が生まれたんだよね──」
重そうな雰囲気だったのになんか肩透かしを喰らってしまったように啓太とエリナは顔を見合わせてしまった。
「えっと、それはおめでとうございます?」
「恵里奈、なぜに疑問系?」
「あ、ああ、そっか。おめでとうございます」
「浜砂二曹おめでとうございます」
二人から祝福を受けたハマコウは嬉しそうに恐縮して頭を掻いた。
「ありがとう。それでね、どういう名前がいいかを考えなきゃいけなくてね。どうやら三つ子らしくてね」
というハマコウに啓太も恵里菜も驚いた。そして、
「浜砂二曹、その奥様おいくつなんすか?」
と聞く恵里菜に、
「僕よりも5つ下だから33歳だよ」
とハマコウは答えた。むしろそれがどうかしたのかという
「えっと、33歳で三つ子って奥様のお体にもかなり負担がかかるのではないですか?」
と、心配そうな
「そうなのかなあ──」
と、あっけらかんとした表情で恵里菜を見るハマコウ。
「え、いや。奥様三つ子をお産みになられたんですよね?」
と恵里菜が言ってくるので、ハマコウは首を傾げた。
どうにも話が噛み合わない三人──
啓太と恵里菜も顔を見合わせて二人して啓太は左に、恵里菜は右に同時に首を傾げた。
「えっと──浜砂二曹、三つ子というのは奥様がお産みになられたのではないのですか?」
と啓太がハマコウに聞いてみると、
「ん?うちの猫だよ?」
「「へ?」」
ハマコウの答えに啓太も恵里菜も二人して固まってしまった。
「えっと、浜砂二曹。三つ子が生まれたってのは?」
と啓太に言われて、ハマコウは自分がようやく主語を言っていないことにきが付いた。
「ごめんごめん。最初からきちんと話をするとね」
というハマコウに、啓太と恵里菜がごくりと再び生唾を飲み込んでハマコウの話に集中する。
「実は、うちの猫がね、三つ子を産んだんだよ。それでねそのうちの一匹の名前をつけなきゃいけなくなって、いい案が浮かばないから鳴無三曺の知恵をお借りできないかと思ってね」
というハマコウに、啓太も恵里菜もずっこけた。
「そ、そんなことだだったんですか?」
と全身の力が抜け落ちてしまったかのように席に座り直して啓太はそう言った。
「すまない、そんなことだったんだよ」
と苦笑しながら頭を掻くハマコウ。
そんなハマコウに恵里菜はというと、
「勝手にして下さい」
と、テーブルに肘をついて、つい本音が出てしまった。
それを啓太に指摘されて、
「あ、ごめんなさい。どんな猫ちゃんなんですか?」
と笑顔を作ってテーブルの上に身を乗り出した。
「この猫なんだけどね?」
とハマコウはスマホに写った生まれたてのグレーと黒の虎柄を持つまだ目も開いていない子猫だった。
その写真からでもミャーミャーという鳴き声が聞こえてきそうだ。
「きゃぁぁあああ!可愛いー!」
と恵里菜がすぐに食いついた。
そして少し遅れて啓太も子猫の可愛さに言葉を失ったかのように見惚れている。
「この子男の子なんですか?」
続行で食いついた恵里奈。
「そうですよ」
「雄でトラなら──タイガーとか」
「啓太、安直すぎ!──そうねえ。グレーだけど光の当たり具合によっては白にも見えるし、うーん、オスカルってどう?」
例の宮殿にバラが舞っている様子が見える──
むしろ、オスカルだと雌になるのではないのだろうか?
というか、二人ともネーミングセンスが破綻しているようである。
「僕は『北斗』ってどうだろうかと」
と、これまで黙ってこのバカップルの名付け掛け合いを黙ってみていたハマコウがそう提案してきた。
「なぜ北斗なんですか?」
「ここを見て」
恵里菜の質問に対し、ハマコウは子猫の写真をズームしていく。すると、子猫の背中に北斗七星のような配置で星が7つあった。
「これが『北斗』かなあっと思った理由なんだ」
そういうハマコウに、ハマコウの目の前のバカップルは顔を見合わせている。
そして、
「それいいです!」
「良い名前じゃないですか!」
とバカップル二人ともハマコウの案に賛同した。
「そうかなあ──」
まだ自信なさげなハマコウに、
「何言ってるんですか、『北斗』より良い名前はありませんよ!」
「啓太の言う通りです。浜砂二曹、自信持ちましょう!」
とバカップル二人がハマコウにハッパをかける。
「じゃあ、これでいくかな」
二度「うんうん」と頷いたハマコウはこの虎模様の子猫に「北斗」という名を送ったのだった。
退店時、自分たちの分を払おうとしたバカップル二人をハマコウは抑えて
「相談に乗ってくれたお礼にここは僕が」
とそう言って3人分の会計を済ませた。
「浜砂二曹、今日はごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。それから可愛い子猫ちゃんの写真見せていただいてありがとうございました」
と啓太、恵里菜はハマコウに礼を言った。
「こちらこそ、今日はありがとう。相談に乗ってくれて」
というハマコウに、
「そうそう、俺もっと深刻な相談なのかなと思って構えてしまいましたよ」
「私も──」
とバカップルがちょっとトゲを刺す。
「いやぁごめんね。でもこれも僕にとっては大事な悩みだったんだ。猫と言っても僕の家族が増えたんだからね」
そう言ってハマコウは、晴れ渡った夜空を見上げる。そこには夜空の星が煌めいていた。
と、そのときハマコウの電話が鳴り、ハマコウは「先に戻るね」と走って営内隊舎へ向かった。
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