第7話 彼氏と彼女と姉夫婦とでランチ

「じゃあ、いこうか鳴無おとなし三曹」


 恵里奈の姉、成美の夫、つまり恵里奈の義兄にあたる安居健司やすいけんじは、弾帯をつけて略式帽、通称部隊識別棒を被り、義妹の彼氏の啓太をランチへいざなった。

 啓太は、弾帯にドライバーやペンチ等の工具を入れる腰袋をつけたまま、健司にいざなわれるままに隊員食堂へ向かうのであった。




 ちょうどその頃、業務隊健康管理室前には、まだかなまだかなと恵里奈の会議が終わるのを待つ成美の姿があった。

 そして恵里奈の後輩に当たる添島そえじま陸士長が健康管理室の扉を開けたところで、その姉の姿に気付くと、


「あ、安居やすい三曹お疲れ様です」


 と挙手の敬礼をし、「何かご用があるのでは?どうぞ中に──」と成美を促したが、当の成美は答礼すると、添島士長に対してすべての指を伸ばした手を立てて左右に振ってジェスチャーすると、何やら合点のいった表情かおになり、扉を開けたままの姿で器用に後ろを向き、


下川しもかわ三曹ぉ、お姉さんがお待ちですよぉ」


 ──ちっがーう!


 と、盛大に勘違いをする添島士長なのであった。

 そして、それは成美にとってはなのである。

 呼ばれた恵里奈が出てくると、


「お姉ちゃん……違った安居三曹、お疲れ様です」


 と上官や後輩部下達の目前であることを思いだして成美に挙手の敬礼をした──のだが、健康管理室の面々は恵里奈の変わり身の早さに吹き出しそうになるのを必死でこらえている。ただ一人添島士長は我慢しきれず吹き出してしまい、室長からを貰っているのだった。

 そして成美もまた吹き出しそうになるのを我慢していた。それを見て途端に不機嫌になる恵里奈。


「何かおかしいことありましたか?安居三曹」


 恵里奈はハリセンボンのように頬をぷくーっと膨らませていて、その目は涙目になっていた。

 それに我慢しきれずに成美は吹き出してしまった。


「もう、お姉ちゃん!そんなに笑わなくてもいいじゃん!」

「安居三曹でなくていいの?みんな見てるよ?」


 あくまでもからかう成美。

 その成美をジト目で見る恵里奈。

 まるで子供の姉妹喧嘩そのものである。


「いいよ、もう──たぶん後でいじられるの決定だから」


 とやっぱり涙目のジト目で成美をにらむ恵里奈だった。

 どうやらそのすねてる恵里奈の様がに入ったのか、成美はお腹を抱えて笑い転げている。


「もうお姉ちゃんったらぁー」

「いやあ、ごめんごめん。アンタの拗ねるところ見るの久々でさ」

「しらないっ!」


 等々ふくれっ面でそっぽを向く恵里奈である。


 しかし、この涙目のふくれっ面の恵里奈の顔写真が業務隊のある隊員の周囲で広がり、それがあっという間に駐屯地内に拡散されたのであった。そしてその画像名というと「女神の拗ね顔」。

 

 今より少し前──

 こそっと会員制の掲示板サイトが立ち上がった。

 そして、それを示すようにあるメールが駐屯地内の隊員に拡散されていた。


 ──我、E嬢画拡散用自鯖構築也。URL:https://www.XXXX.jp/lady-e-bb/ ──


 当初、このメールが届いた隊員は、何かの詐欺メールか何かかと勘違いした者もいて、その中で人柱的にアクセスした隊員が本物であると拡散、そしてあっという間に駐屯地内に広がったのである。

 しかもこのサイト、ユーザー認証はごくありふれたメールアドレスとパスワードなのであるが、隔週で届く暗号メールにある暗号の答えが二段階認証に使われるという特殊な認証方式をとっており、かつ更に掲示板の投稿されたテキストから画像まですべてが暗号化されたままアクセスされたPCやスマホといった端末に送られ、端末で暗号化・複合化をするといった念には念を入れたセキュリティをとっていた。


 そしてこのサイトの最初の掲示板のタイトルは「今日の女神」。そのセキュリティから知る人ぞ知る掲示板になっていくのである。

 そしてこの掲示板でいわれているとは、そう我らがヒロイン恵里奈のことである。つまり恵里奈のファンクラブ的なものである。

 この掲示板、恵里奈も啓太も知らないところであるが、それもそのはずで、この掲示板での服務規程第一条に


 ──ドケチ鳴無啓太三曹および下川恵里奈三曹にはこの掲示板の存在を知られてはならない──


 と書かれてあるからして、この掲示板民は規定第一条を遵守しているからなのである。さすが「~日本国憲法および法令を遵守し~責務の完遂に努め~」という服務の宣誓をした自衛官ならではの結束力なのであった。


 いや、そこでいいのか?──


 日本は今日も平和である。




 ☆☆☆ ☆☆☆




 隊員食堂前────


 健司と我らが啓太は、恵里奈と成美の姉妹三等陸曹を待っていた。

 待つといっても、元来話し好きで子煩悩な健司が啓太にこれまでスマホで撮った息子の写真を啓太に見せながらまぁ我が子自慢の数々。やれ耳がいいから音楽隊に入れるだの、やれ運動神経も良さそうだからレンジャーに入れるだの、やれ高いところも大丈夫そうだから空挺もいいかもだの……。

 これにはさすがの啓太も苦笑いしかなかったが、でもこちらも元来子供好きな啓太だから、スマホに移る小さな男の子の可愛さに見入っていたのである。

 子煩悩そうな啓太、こりゃもし恵里奈と結婚して子供が生まれたら率先して育児休暇とって子育てするのだろうというのが健司と成美の息子の写真を見ている啓太から伺い知れる。



 二人が10分程だろうか、健司と成美の息子の話題で盛り上がってるところに我らがヒロイン恵里奈とその姉成美が到着した。


「二人とも凄く楽しそうに話してたけど?」


 と成美が男チームに尋ねると男チームに年長者の健司が、


「これだよ」


 と他に見えないようにしながらスマホを取り出して成美に見せた。


「なんだ、成司のことか」


 成美の反応に横から恵里奈が顔を出してきて、


「可愛い!わぁ立ってる、笑ってる──可愛すぎる!」


 目の中にハートが飛んでいた。

 そんな恵里奈を横目で見た成美は、


「あんたも相手いるんだからさっさとやって作っちゃいなさいよ」


 と啓太を指して言った。

 

「お姉ちゃん!啓太の立場も少しは考えてよ!」


 豊島委に引き合いに出されてしまった啓太は──


「えと、どんな立場なんでしょう?」


 という啓太に一同が頭を抱えてしまった。そりゃそうだろう。この場合の立場と言ったらの事しかないだろう。

 それなわからんとは──


 かなりガッチリしたそよ大きな体をスススッと動かして成美のそばに来た健司は成美の耳に顔を寄せて、


「大丈夫なのか、鳴無三曹は──」

「大丈夫……のはず──まぁ見守る以外ないでしょ?」

「そりゃそうだが──」

「そこら辺は、あなたの領分なので、健司さん期待してるわよ。できたら買ってあげてもいいわよ?」

「そ、そうか、なら頑張るよ。期待しといてくれ」


 なんというか、健司である。


「ココで突っ立ってるのもお腹空いちゃったしそろそろ入らない?なんか知らないけどギャラリーもいるし──」


 と成美が周りをちらっと指さして言った。


「ホントお腹空いちゃったよ」とお腹をさすりながら恵里奈。

「ホントこんなに過ぎてる」と腕時計を見て言う啓太。

「そうだな入ろうか」と入口を親指で指して言う健司。


 四人は健司を先頭に啓太、恵里奈、成美の順に食堂入り口に向かった。その時、なんか見ている隊員に、恵里奈は啓太の腕にしがみつくようにして隠れながら、成美が笑顔で手を振って答えて、その場を去った。



 この日の例の掲示板には、


 ・

 ・

 ・

102:名無し自衛官

  女神姉が、手を振ってくれた!


103:名無し自衛官

  ちがうぞ、アレは俺に振ったんだ


104:名無し自衛官

  成美お姉さまをよこしまな目で見ないで!


105:名無し自衛官

  成美様は我々の女神ぞ!


106:名無し自衛官

  恵里奈たん、小動物みたいでカワエかった


107:名無し自衛官

  カワエエのは同意するがあのドケチにしがみつくとかマヂ裏山死す!


108:名無し自衛官

  別に死ぬのは構わんが脱柵とかは無しな!


109 :名無し自衛官

  成美嬢は既に非だからムリ!


110 :名無し自衛官

  うわっ、処○厨キモッ


111 :名無し自衛官

  恵里奈ちゃんだってドケチにもう食われちゃってるかもよ?


112 :名無し自衛官

  そ、それはない!………たぶん


113 :名無し自衛官

  恵里奈たんは永遠に処○なのだ


114す:名無し自衛官

  いりませーん、うちキモヲタは入隊禁止でーす


115 :名無し自衛官

  いや、キモヲタこそ恵里奈たんラブ


116 :名無し自衛官

  他の男に取られてんのにキモッ


 ・

 ・

 ・


 という感じになっていたそうな……。

 

 そろそろ仕事しようか、名無し自衛官共!──





 さて一方、我らが主人公達一行はというと──

 だいぶ空いてきた隊員食堂で盆を持って並んでいた。今日のメニューはカツカレーのようだ。

 カツカレーを貰う隊員は


「俺、ルー多め!」

「俺も!」

「俺も!」


 とまあ、たいていの場合ルー多めを指定するのだが、たまに「ルー少なめで」と指定する隊員もいたりするのだ。まあみんなルー多めであろう事を加味して作るので大抵は余る。余るとどうなるかというとその日の夕飯に残りが回ることになる。つまりタイミングがよければという条件はつくが、昼夜カレーを食べれる事もあるのだ。

 

 因みに啓太達と同じように中で仕事をしていた元陸上自衛官な作者はというと、もちろんであった。作者は奇特な一員ではなかったようだ──


 作者のことは置いておいて──


 我らが啓太達はどうしているかというと、今まさにカツカレーを受け取るところのようだ。

 まずはじめに健司──「ルー多め」

 続いて啓太──「ルー多め」

 続いて女性陣。

 まず妹の恵里奈──「ルー多め」

 最後に姉の成美──「ごめんなさい、私ルー少なめで」


 三人共にルー多めできてたので配膳する隊員もルー多めだろうと高を括っていたところ、まさかの少なめときたので一瞬からだが固まった。

 そして「あ、は、はい──」とルーを掬うのを少なめにしてカツとご飯の横に注いで成美に手渡してきた。


「ありがとう」


 と成美に言われた配膳係の隊員は目がハートになっていた。

 そしてその夜の例の掲示板に自慢して周りから爆撃を受けつつも幸せな夢を見る夜になったのだった。どんな夢だったかは彼の名誉のために書かないでおこう。


 ちょっとここで陸上自衛隊のカレー皿について触れておこうと思う。どんな形になっているのかというとまあ平凡だが、楕円形の深皿で素材はステンレスでできており、海上自衛隊が使用しているものとほぼ同じである。


 さあ我らが4人はどこへ行ったかというと、食堂右半分のど真ん中に陣取っていた。

 4人は、


  左の西側(食堂出口側)から健司、

  その隣に恵里奈、

  健司の目の前に成美、

  その隣に啓太、


 というそれぞれのカップルがオセロの開始版のように互いに向き合ってる状態で座っていた。


 なぜそんなとこに行ったのか──よくわからん。まあ座ってる位置なんてどうでもよいか。

 ただ、その空間だけ何か別の穏やかな風が流れているようなそんな空間になっているのだった──。


 さて今回のカツカレー、四人に言わせると、


「このカツ薄いよな、カレーも甘めだし」とは健司。


「そう?私には美味しいけど。ねえ恵里奈?」とは成美。


「お姉ちゃん私よりも甘党だもんね。私はもうちょっと辛めがいいかなあ。啓太はどう?」とは恵里奈。


「もうちょっと辛めの方が俺も好きかな」最後は啓太。


 4人の意見が出そろうと、


「ほらぁ」


 となぜか成美を煽る恵里奈


「ほらぁって鳴無三曹が自分と同じだったから言ってんでしょうが」


 と恵里奈に応戦する成美

 そこに割って入ったのは健司かと思いきや啓太だった。啓太は2人の間に手を広げて落ち着かせようとした。左腕にポヨンとした感触を得た。すぐに手を離そうとしたけどもなぜか左腕は啓太の意思に反してそのポヨンを味わっていた。


「鳴無三曹、当たってますけどもー」


 左隣に座っていたなる美は、自分の胸を押さえている啓太の腕をツンツンと人差し指で突っつきながら、啓太を見上げてにっこり笑う。しかしその目は笑ってはいなかった。

 つまるところ、啓太のラッキースケベが発動したようだ。


「あ、ごめん」 


 と啓太が腕を引っ込めて小さくなって座ると、


「こういうのは恵里菜にしてあげなさいよね」


 と成美は恵里奈と啓太の交互を見て言った。

 すると恵里奈と啓太の顔が真っ赤になって、啓太は余計に小さくなって頭のてっぺんから煙を吐き、恵里奈は、


「お、お姉ちゃん……そ、そんなの……私達にはまた早いっていうか──」


 と瑛里奈が真っ赤な顔を更に赤くして言うと、成美は信じられない表情かおをして、


「え、うそでしょ?あんた達付き合って何カ月?鳴無三曹したくないの?」


 となぜか矛先が瑛里奈から啓太に向かう。ちょうどそのとき、健司は手を合わせて「」をしていた。つまりでコレまで普通に食べていたわけである。


「え、いや……そりゃしたいかしたくないかでいえば……」 


 の啓太も顔を真っ赤にして小さくなる。このままいくと2人ともポシェットにでも入ってしまうのではないかと思えるほどの小さくなり方であった。


 そこに爪楊枝でシーハーしていた健司が割り込んできた。


「成美、まだ日が高いぞ?」

「え?そりゃそうだけど、健司さん、あなたは私に付き合って一週間で手を出してきたわよね?」


 と、成美の矛先が啓太から健司にいった。


「そんなだったか?そりゃお前ほどのいい女早くにしないと誰かにとられちゃった可能性もあったからな」


 と、健司は日も高いのに濃い事をさらっと言ったのけた。


「わ、私はそれでもうれしかったのよ?だから瑛里奈と鳴無三曹も同じかなあと思ってたけど、まさか小学生じゃあるまいし、まさかもしてないとか言わないでしょうね?」

「あ、いや……あの……はしてます。告白したときに──」


 と小さく手を上げて言う啓太に、成美は「なーんだ」とにっこり笑って、


「一応やることはやってんだ」


 と瑛里奈を見る成美。すると恵里奈は顔が更に真っ赤になって、それこそ「プシュー……」と音を立てて湯気を出すポットのようになっている。


 それに呼応するように啓太も沸騰したポットのようにシューと頭なら湯気を出しているのだった。


「あれま……」

「まさかここまで奥手だったとは、似たもの同士だな」


 と湯気を吹き上げる二人を健司成美夫婦はクスクス笑いながら啓太と瑛里奈の奥手カップルを見ているのだった。

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