第6話 姉と義兄と彼氏

「お姉ちゃん、啓太がおねえちゃんと同期って言ってたんだけど……」

「ん?あれ言ってなかったっけ?」

「聞いてないよー」


 外でのお食事デートの翌週の月曜日の午前中、恵里菜は文書配布のため第4通信大隊を訪れた際、たまたま姉の安居成美やすいなるみ三等陸曹を見つけたので呼び止め、啓太から聞いた「姉が彼氏の同期」を確認してみたのだが、あっけなく肯定された。

 まぁありふれた姉妹の立ち話なのだが、傍から見ればと映るわけで、しかもその姉は司令部付隊の専任曹長の嫁であり、妹は基地通信イケメン野郎となぜか罵られたりもしている啓太の彼女であり、なかなか手が出せずに悶々としている隊員もいたりもして――

 

鳴無おとなし三曹ね、とにかく影が薄くてねぇ――」

「そんなに?全然そんなことないと思うんだけど?」


 彼氏が影が薄いと言われて、そうかなぁと小首をかしげる恵里菜。恵里菜が首を動かすたびに識別棒から垂れるポニーテールがぴょこぴょこ動いて男子隊員の目の保養にもなっていたりもするのだが、気にも留めていない恵里菜。

 

「今はね、アンタと付き合って結構影も出てきたというか、鳴無三曹の場合ルックスと声が良いからねぇ。後期教育の時も鳴無三曹の声が聴きたいっていうもいたけどね」

「へ、変人って――」

「今も多いはずよ。変人」


 という成美に恵里菜は噴き出しそうになった。

 

「でもその変人を止めてるのってあの基地通信のよね。なんていったっけ――」

「もしかして、松永士長?」

「あ、そうそう。その


 姉の肯定に「やっぱり」と内心そう思う妹。明美ならやりそうだなとも思う妹。

 

「それで、お姉ちゃんはそのには入らなかったの?」


 と聞かれて「なんで?」とぽかんとする姉。対して「違うの?」と聞く妹。

 

「あのね、私がそんなミーハーだと思う?」

「んー、そりゃそうか――お姉ちゃんはだったね」

「む、聞き捨てならないなぁ。健司さんは優れた人よ?夫としても父親としても」

「はいはい」


 なんか突然惚気を始めた姉に首を振って呆れる妹。

 

「あのね、言っときますけど、アンタらはその行動だけでどんだけ駐屯地内で惚気てると思ってんの?」


 と突然姉から攻撃をかけられたのだが――

 

「私と啓太は惚気てないもん。私達がただ単に羨ましいだけの人達が多いだけだよ」


 と返す妹。

 全く自分達がやっていることを理解されていない妹君であった。

 

 

 

 ☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 姉妹が第4通信大隊の隊舎内で会話をしていたちょうどその頃、司令部付隊のある事務所では、啓太、明美、隆太の鳴無班と日勤班の工藤啓介くどうけいすけ二等陸曹の四人でビジネスホンの設置工事が行われていた。そこで、恵里菜と成美姉妹が彼氏自慢、旦那自慢を繰り広げていたという噂を耳にした。

 

 ――何やってんだか……

 

 と思う啓太だったが、もう一人そう思った人物がいた。それはこの部屋で仕事をする先任曹長を務める成美の夫、安居健司やすいけんじ陸曹長その人であった。

 そしてその二人の目がたまたま合いお互いに苦笑いする二人であった。

 

 そのとき、工藤二曹が啓太を呼ぶと、その部屋の視線が一斉に啓太へ向いた。

 

 ――あれが鳴無三曹か

 ――あれが噂のドケチ野郎か

 ――噂通りのさわやかイケメンよね

 ――でも守銭奴なんでしょ?

 

 まあ、散々である。

 というのも、健司と成美の結婚式に出ている面々である。そのためその時にまだフリーだった恵里菜を見ていて、妹を取るのは俺だという男子隊員も結構いたのだが、その妹の心をつかんだのはここで自分達にはなにかわからないことをしている基地通信の男子隊員であるのだからその恨み節も多いのも頷ける。

 そもそも男子隊員に比べて婦人自衛官WACの人数は少ないため、婦人自衛官WACを彼女にしたいという男子隊員はそれこそ山のようにいるのだ。それもそのはずで、そもそも外との関わりが極端に少ないのが自衛隊である。つまるところ出会いそのものが殆どないのであるからして、当然というか婦人自衛官WACを狙うのは至極当然というか、そういうものでもある。まあ出会いを求めて合コンをする隊員もいるのだが、結局自分達の仕事を理解してもらうことから始めなければならないし、そんなのお構いなしで引っ付いてくる人間はシャットアウトしてしまうのが自衛官であったりもする。それはなぜかというと、ぶっちゃけ言えないことが多すぎる職場であること、そしてその言えないことを聞いてくる人間は要注意人物であるから近づかないし、そんなの構わないという人間は交際始めた時に逢えないことからすぐに別れを希望してくるだろうし、そういう人間は知りえた情報を外に漏らす危険性があるため敬遠してしまうのだ。

 そういうことがあるわけなので、結局危険な外よりも、安全な内で出会いを求めるのは、至極当然なことなのである。

 

 そして、その少ない駒をかっさらっていったのが目の前で地に這いつくばったりしながら作業をしている男。事務職を中心とする自衛官の中にはこうして実作業を行なう者を下に見る癖を持つ輩もどうしてもいる。つまり「机の上だけで楽な仕事をする自分の方が偉い」のだと勘違いする輩というわけだ。

 そもそも自衛官の主たる任務は国を守ること。そのためには地を這いつくばったりして任務を達成することなどごく当たり前に存在しているのだが、そもそも国防実務として動いたことのない自衛隊だからこその勘違いしている者がいるのも悲しいかな事実だったりもする。

 まあそういう人間というのは口ばかりで民間そとに出た時に仕事ができないという輩に成り下がるものであるとも言えなくもないわけで。なのでそういう自衛官は人事評価が低かったりもするが、まあ当然といえば当然なわけである。

 

「鳴無三曹、なんか言われてますけど黙ったままでいいんですか?」


 この状況においてこんなことを言ってくるのはお調子者の隆太。まあ隆太のような輩が先の例に当てはまったりもするわけなのであるが、そんなことお構いなしだったりするのが隆太だったりもする。なんせ座右の銘が「食う寝る遊ぶ」なのであるから、まあその座右の銘に則った生き方といえなくもないが――。

 

「そんなこと気にしてないで仕事してね、安川やすかわ士長」


 そう啓太に返された隆太は「はい」とだけ答えて仕事に戻ったのだが、その隆太をみて深いため息をつく明美と工藤二曹であった。

 

 

 工事を終え、通話テストとビジネスホンの各種機能テストを終えた啓太は健司に工事終了の報告をした。もうすぐ昼食時でもあって、

 

「鳴無三曹、この後昼食一緒に行かないか?」


 と健司は啓太を昼食に誘ったのだが、啓太から恵里菜と約束をしているからと断ったところ、健司がちょっと待ってと工事したばかりの電話を使って成美と恵里菜を昼食に誘い、啓太が断る道を絶ったのである。

 それを見ていた工藤二曹が「うちらは局舎に帰るけど、鳴無三曹は昼行ってから帰ってきな」という指示を出して隆太と明美を連れて帰っていった。

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