第3話 レストランでの食事……の前に駐屯地でランチ

 時は2週間前に遡る――

 

 啓太からのメッセージに恵里菜はちょっと固まっていた。

 それはそもそも「外でデートしよう」なんて言い出してこなかった啓太が「外のレストランで食事しよう」なんていうメッセージを投げてきたからだ。

 

 ――これは裏があるかもしれない。

 

 そう勘ぐった恵里菜は男子営内隊舎の内線にかけて、啓太を売店PXの裏に呼び出した。

 さらに恵里菜は課業後珍しく一人で駐屯地外周を走った。そんな恵里菜を見て、駐屯地内は少し(?)ざわめいたりしたのである。

 

  『あの彼氏にべったりな下川三曹が一人で外周を走ってた』

  『これは、もしかしてあの二人別れたんか?』

  『そんな喧嘩してるところとか見たことないけど――』

  『やっぱり通帳残高ヲタクに下川三曹が愛想をつかしたんだってきっと――』

 

 そりゃもう、外野は芸能リポーターよろしく色んな噂をたった数時間でばらまきまくった。

 もちろん外野の妄想に過ぎなかったわけなのだが――

 

 

 恵里菜が婦人自衛官浴場から出ると、浴場横の自動販売機で缶コーヒーを2本(啓太のはブラックで自分のは微糖)買うと啓太と待ち合わせている売店PX裏に早足で急いだ。

 

「ちょっとお風呂で時間使いすぎちゃった――それもこれも普段しないようなことをしてきた啓太が悪いんだからね!」


 そうぶつくさ言いながら待ち合わせ場所に急ぐ恵里菜。待ち合わせ場所に近づくとそこにはすでに啓太が待っていた。

 

 ――やっぱり先に来てたよ。啓太ってこういうとこ几帳面すぎるんだから。

 

 付き合う前から啓太を見ていた恵里菜は、啓太が几帳面であることには気が付いていた。しかし啓太の几帳面度合は恵里菜の思い込みのはるか上をいっていたのである。それ以来、恵里菜は待ち合わせ時間より15分は早く着くようにしたのだが、その15分前には啓太はすでに来ていたのである。

 そして、今回も同じ――。

 

 ――こういうところ、もう少しになってもいい気がする。

 

 まあ恵里菜としては、啓太と

 

 

「ゴメン待った?」

「ううん、私も今来たところ」



 な~んていう会話をしてみたいのだ。

 つまりは恵里菜も女子だということである――。

 

 そして――

 

「ゴメンなさい、遅れちゃった――」

「いや、俺も今来たところだから――」


 うん、まあ立場は逆になってしまったが、恵里菜の思い描いていた会話は成立――しているわけはなかった。

 

 ――う゛ー、先に言われたー……

 

 まあこれは啓太に非はないのだから仕方がない――。

 

 

 恵里菜は今日呼び出したわけを話して、あのメッセージの真相を尋ねてみた。

 すると、まさかな答えが返ってきたのである。

 

「いや、うちの松永士長からこんなメッセージもらって、すでに予約入れられてるってことだし、なんか無碍にもできなくて――」


 恵里菜は深ーいため息をついた。

 

 ――そうならそうとちゃんと書いてくれればこんなに悶々としなかったのに!

 

 実は恵里菜は今日午後からが始まってしまい、少々気が立っていた事も周囲をざわつかせる要因であったりもする。

 

「啓太、そういうことならちゃんと書いてほしい。ちょっと悶々としちゃったよ――」

「ゴメン、以後気を付ける」


 恵里菜は素直に思いをぶつけ、啓太は謝罪する。

 恵里菜は「はいこれ――」と買ってきた缶コーヒーを一本啓太に渡すと一緒に開けて口に運ぶ。

 が――

 

「にっが!」

「あっま!」


 どうやら恵里菜は渡す方を間違えてしかも気付かずに、啓太も貰ったものを確かめもせずに二人して一口飲んでしまい、二人ともほぼ同じタイミングで咽た。

 

「これ、ブラック?あれ?間違った?」

「い、いや。これが恵里菜の方じゃない?」


 と慌てる恵里菜に、啓太は今しがた口を付けた缶コーヒーを恵里菜に見せる。

 

「うわぁ、やらかしたよー」

「あ、これ、まだ一口しか飲んでないから」

「あ、ありがと――」


 とお互いに交換し合って、そして啓太が何のためらいもなく缶コーヒーに口を付ける。

 

「あ、やっぱこれじゃなきゃ――」

「け、啓太?――」

「あ……」


 ようやく、所謂であることに気が付いた啓太が今口を付けた飲み口を見る。

 

「ちょっと、そんなに見ない!恥ずかしいでしょうが!」


 と顔を真っ赤にする恵里菜。

 そしてしばらくの無音状態――

 

「と、とりあえず、今日は帰りましょ!」


 という恵里菜に頷いた啓太は、恵里菜を婦人自衛官隊舎前まで送った。

 いや、送る必要は全くないし、ぶっちゃけ外よりも駐屯地内の方がめっちゃ安全でもあるのだが、啓太は送るのが筋だと言ってきかなかった。――というか、というのが啓太の本音だったりもするのであった。

 

 


 ☆☆☆ ☆☆☆

 


 

 時間進んで昨日――。

 恵里菜は啓太に「(当日の)お昼は隊員食堂で一緒に食べてから出かけよう」と持ち掛け、それに啓太も了承した。

 

 

 そして外へ食事に行く当日の午前9時――。

 昼食の前にシャワー浴びて準備しておこうとした啓太のスマホが着信ベルを鳴らした。

 誰だろうと電話に出てみると、相手は明美であった。

 

「松永士長、何かトラブルでもあった?」


 通信トラブルがあったのかと気になって聞いてみると、スピーカーから明美のため息が聞こえてきた。

 

「いえ、別に何のトラブルもありませんけど……というか、トラブルがあったら私よりも先に鳴無おとなし三曹へ連絡がいくと思いますよ」


 明らかに明美の声が電話越しに聞こえてくる。

 

「たしかに――。では何か用事が?」

「いえ、今日の件忘れていないかなと、ちょっと心配になりまして……」

「それね。大丈夫だよ。昼は隊員食堂で済ますけど、お昼食べたら二人で出る予定だから」

「あ、そうだったんですね。それは失礼しました。それから――」

「それから?」

「先日は――というか今日の件ですが、差し出がましいことをしてしまってすみませんでした」


 と、明美が謝罪してくるので、啓太は「大丈夫」と明美の謝罪を制した上で――

 

「俺も恵里菜もありがたいって思ってるよ。俺達のことを考えてやってくれたことなんでしょ?」

「いえ、まあ確かにそうなんですが――電話越しとはいってもそんなこと言われると――」

「何?」

「いえ、なんでも――」


 明美の声の最後が聞き取れなかったのでもう一度と催促すると、

 

「なんでもないです!」


 と明美が大きな声を上げてきた。

 

「ああ、それならいいんだけどね」

「まったくもう、鳴無三曹、優しくするのは下川三曹だけにしてあげてくださいね?」

「あ、そりゃまたなんで?」


 明美の言っている意味が分からなくて、啓太は聞き返したのだが――

 

「もう!そんなだから心配になるんじゃないですか!鳴無三曹って意外とWACに人気あるんですよ?そりゃまあ鳴無三曹の趣味知って退いていく人もいるんですけど……そんなんじゃ下川三曹が落ち着いていられないと思うんです!だから――」

「わ、わかったわかった。俺は恵里菜が一番好きだから、松永士長の考えてるようなことなんて起こらないと思うよ?」

「ぐ……わかりました。またゴメンなさい――」

「松永士長がそんなにかしこまらくていいんじゃないの?まあ今日は任せておいてよ。しっかり恵里菜をエスコートしてくるから、さ」

「う――わかりました。下川三曹なんかすごい楽しみにしていたようなので、しっかりエスコートしてあげてください」

「了解!じゃあまた仕事でね」

「朝からすみませんでした――失礼します」


 明美が電話を切ったのを確認して、啓太はスマホをロックすると、机の上に置いてシャワーを浴びに部屋を出てシャワールームへ向かうのであった。

 

 

 そして、1200ひとにーまるまる時の喫食ラッパが鳴り出すちょっと前に、啓太が営内隊舎を出たところで、恵里菜が営内隊舎へと小走りにやってきて、そのままの勢いで啓太の胸に飛び込むようにして止まった。

 もちろん二人ともである。

 

「よかった!もう出ちゃったかと思った」


 と、恵里菜はちょっと息を切らせている。

 

「まったくそんなに走ってくる必要もないのに」

「だって、来たかったんだもん」

「はいはい、じゃあ行こうか」


 二人はそのまま腕でも組んでるんじゃないのかと思えるほどに近寄ったまま隊員食堂へと向かっていった。

 

「今日のお昼はねえ――」


 と恵里菜が得意気に言おうとしたのを遮って、

 

「今日はアジフライなんだってよ」


 と啓太がニヤリと不敵な笑顔で答えた。

 すると、恵里菜がまるでハリセンボンじゃないのかと思えるほど、頬をぷくーっと膨らませた。


「もう、ずるいぞ!」


 と啓太の腕をポカポカと叩く恵里菜。

 

 そんな二人だけの空気を醸し出しながら隊員食堂へ歩く二人を、同じく隊員食堂へ向かおうとする周囲の自衛官は二人を微笑ましく眺めていたのだが、そんなの二人が気付くわけがないのであった。

 

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