第17話 莉央の創作世界②

 それはすごく心地よかった。

 氷のようにつめたい風が頬を叩いてくるが、それがどうにも嫌な気はしなかった。

 開放感や万能感……色々なものが私の心に押し寄せてくる。

 こんな気持ちであの家に連れ戻されたら、たまったもんじゃないな。


「楽しい、すっごく楽しい……!」


 制服のスカートをせわしなくはためかせて、私は走る。

 風と一体化して、自分が風になったかのような気分になる。

 ただ離れた場所から色々なものを見たかっただけなのだが、走っていくにつれてだんだん気持ちが変わってきた。


 あの家に戻りたくない。

 なぜそう思ったのか、自分でもわからなかった。

 だけど、あの家に戻ってはだめだと感じた。


 外にいたい。ここには、素敵なもので溢れている。

 目の前は真っ暗だ。夜だから。当然だろう。

 だが、あの家の暗闇とは全然違う。


「なんだかワクワクする……!」


 それは、未来への希望で溢れている感じがしたから。

 この暗闇は、朝になれば晴れるから。

 どんな色が見られるのか、今から楽しみだ。


 だが、さすがに走りっぱなしは疲れる。

 朝が来るまで、どこかで休まねば。


「ん?」


 そこは、自分が立っている場所より暗かった。

 気を抜けば魂ごと喰われそうな闇が広がっている。


「……公園、かな……」


 私は不安になりながら、そうつぶやいた。

 不気味な闇だが、なぜか目が離せない。

 その闇に魅入ってしまったのだろう。

 私の足は自然と、半ば無意識にその闇へ向かっていた。


 ――そこは公園みたいだった。

 遊具こそなかったものの、足の裏の感触の変化やベンチのようなものを発見したから。

 固かったコンクリートから、まとわりつく様な砂場に変わる。


 周りの様子はわからなかった。

 ただ、ベンチだけが異様に私の目についた。

 不気味で不安にかられたが、不思議と怖いなどとは感じられない。

 そういうものなのだろうと思ったから。


 そのベンチに腰を下ろし、足の汚れをはらう。

 石はすぐに落ちるが、砂がなかなか落ちない。

 私は早々にあきらめ、ベンチに横になる。


『お前なんかいなきゃよかったんだ!』


 ハッと目を覚ます。

 母のヒステリックな声が耳や脳に響き渡る。

 それは工事現場を近くで見ているような気分だ。

 頭が割れるように痛い。

 一つのことを思い出すと、次から次へと色々なことを思い出してしまう。


「うっ……」


 吐き気がする。

 汚物が込み上げてくるような不快感が襲う。

 だが、もともとお腹になにも入っていないため、吐き出すことはなかった。

 それがかえって、嫌悪感を生み出させた。


「……もう、いいかな……」


 死にたくはなかったが、生きたくもない。

 違う見方をしたかっただけなのに、家を出てからこんなにもハッキリ鮮明に思い出すなんて。

 結局私はどこに行っても、親の鎖からは逃れられないのだろう。

 それに気づいた時、すべてがどうでもよくなってしまった。


 ベンチから離れ、フラフラとおぼつかない足取りで砂を踏む。

 足の裏にまとわりつく砂ともお別れだと思うと、なぜだかやけに愛しい。


 身体を震わせるつめたい風も、周りがまったく見えないほどの夜の闇も、なんだか名残惜しい気がする。

 だけど、それでも、この絶望感は拭えない。


「……さようなら」


 だれに言うでもなくつぶやいた言葉。

 それで私の人生は終わると思っていた。

 それなのに……


「……あなた、だれ?」

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