第3話 沙織と嫩の好物

 長いお昼寝タイムが終わり、夕食の時間になった。

 寮の食事は美味しいものが多いから、ついつい食べすぎてしまう。

 ちなみに、今日の夕食はコロッケだった。


「あー、美味しかった……」


 いつもは食べたらすぐに食器を片付けに行くのだが、今日は余韻に浸りたかった。

 周りも食べ終わった人がちらほら出てきて、おしゃべりに花を咲かせている。

 私は安定のぼっちなので、周りの人のことを楽しそうだなと思いながら眺める。


「ねー、冬休みどうする?」

「あたしは実家に帰ってダラダラしようかなーって思ってる」

「わたしは家遠いから寮に残ろうかなって感じだよ」


 みんなはもう冬休みの話をしている。

 なんだか盗み聞きしているみたいで申し訳なくなってきた。

 現実逃避をするために、私も冬休みどうしようかと考えることにした。


 そんなすぐに冬休みが来るわけではないけど、もう12月だ。

 それを考えると、今から決めてもいいのかもしれない。

 とはいえ、私の予定はだいたい決まっている。


 ――馬。牧場で馬のお世話をすること。

 先生に馬の世話をしてみたいと話してみたら、すんなりOKがもらえたから。


「ほんと、なんで許可してくれたんだろう……」


 つくつぐ甘やかされているなと感じる。

 こういうところまで気を使ってもらわなくても大丈夫なのに。

 でも、申し訳ないという気持ちに反して、だんだんと口角が上がっていく。


「嬉しいけどね……」

「おい、いつまで座ってるんだ。さっさと風呂に行くぞ」

「あ、夕陽先輩……! わ、わかりました……!」


 夕陽先輩に声をかけられ、そんなにも時間が立っていたのかと焦る。

 やっぱり、考え事をするのは時間がある時にしないとだめだなと反省した。


 夕陽先輩の後を追いながら、ふと疑問に思う。

 ――なんで夕陽先輩はいつも私のことを気にかけてくれるんだろう、と。

 一人でいることが好きで、一人部屋が用意されている菊花寮に入りたかったと言っていたのに。

 でも、菊花寮は優秀な一部の生徒しか入れてもらえない。


 ちなみに、ここは桜花寮。二人部屋だ。

 お互い用のない時は、嫌でも同室相手の子といなきゃいけない。

 だけど、用のない時は無理して一緒にいなくてもいいのに。

 そんな決まりはないのに、どうして……


「なにボーッとしてんだ?」

「えっ、あ、すみません……!」


 少し聞いてみようかとも思ったけど、勇気がなくて言葉が出なかった。

 そういうことは、もっと距離が縮まった時に聞けばいいかな。


 そんなことを考えているうちに、桜花寮の大浴場に着いた。

 寮生が多いから当然かもしれないが、いつ見ても広くて温泉みたいだ。


「うわ〜……すごいですね……」

「いつも見てるだろ」

「それはそうなんですけど……」


 いつ見ても、圧巻の一言に尽きる。

 ずっと見ていたいけど、お風呂は入らなきゃ意味がない。

 早速服を脱いで、大浴場へ進む。


 もうずいぶんと慣れたものだ。

 最初はみんなの裸を見るのも、自分が裸になるもの恥ずかしかったのに。

 今はそんなに恥ずかしくない。そんなに。


「ふぅ……さて、いつもの場所ゲット」


 人の視線を感じていたくないから、身体を洗う時はいつもなるべく人目のつかなさそうな場所を選んでいる。


「おぉ、ここはなかなかいいとこじゃないか」


 夕陽先輩も気に入ったようだ。

 ……あれ、まだ近くにいたんだ。


 身体を綺麗に洗い、湯船に浸かる。

 ほどよい熱さでじんわりと温められて、今日一日の疲れが癒されていく。

 今日一日を振り返った時に、ふと嫩先輩のことを思い出す。


「……嫩先輩は、どんなものが好きなんだろう」


 それは、単純な興味からだった。

 人に尽くしてばかりの先輩に、趣味とか特別に好きなものとかあったりするのだろうか。

 私の独り言を聞き取ったのか、夕陽先輩は真剣に悩み出した。


 案外この人、付き合いいいんだよな。

 そんなことを考えていると、夕陽先輩が不意に言葉をこぼした。


「……アイス」

「え?」

「アイスが好きって言ってた気がする。友だちと話してたのを偶然聞いただけだから詳しくはわからないけど」

「なるほど……」


 アイスか……今度日頃のお礼にとかで渡してみようかな。

 でも、どんな種類のアイスが好きなのかわからないとどうしようもないか。

 それとなく聞いておく必要がありそうだ。


 決して、あの時に出会ったあの子を重ねているわけではない。

 ただ部活でお世話になっているから、色々知りたいだけだ。

 最愛の馬をなくして、絶望に染まった私を救ってくれたあの子のあとを追いかけているわけではない……と思う。


 なんだか心がごちゃごちゃしてきて、視界が歪んだ。

 それは泣いているからなのか、のぼせて湯船に頭を突っ込んでしまったからなのか……よくわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る