第2話 沙織の同室相手
結局あの後、部員がだれも来なくて二人だけで解散したけど、嫩先輩に撫でられた感触がまだ残っている。
「嫩先輩ってほんとに優しいな……」
寮に戻って、ジャージから制服に着替える。
馬と触れ合った時は、その……かなり臭う。
オシャレには興味ないが、最低限の身だしなみは整えなきゃいけない。
そうじゃないと、同室相手の人に迷惑がかかるから。
「――お疲れ様。今日は早かったんだな」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
ちょうど、その同室相手の人に声をかけられた。
一人でどこか出かけたかと思うと、木に登っていて降りられなくなっていた……なんてこともあった。
だから、ちょっと変わった人というイメージも持っている。
本人には口が裂けても言えないけど。
それにしても、声をかけてもらえるなんて思わなかった。
いつもは私たちの間に会話はないに等しいんだけど、今日は先輩の機嫌がいいのだろうか。
少し微笑んでいるようにも見える。
「え、えっと……夕陽先輩はなにかいいことあったんですか……?」
人見知りなりに、頑張って会話を広げてみる。
せっかく同室になれたのだから、仲良くなりたいというのが本音だ。
「おぉ! 聞いてくれるか!?」
「え、あ、はい……」
聞きたいから聞いたのだけど……
まあでも、話してくれるのならそれでいい。
もしかしたら、先輩のことを知れるかもしれないし。
「なんと今日はな、図書館で魔物を呼び出せる魔法陣が載った本を見つけたのさ!」
「魔法陣……?」
夕陽先輩はつり目気味の目を輝かせて、今日の出来事を話してくれた。
ケータイで今日の運勢を見ると茶色の髪の人は絶好調と書かれていたとか、綺麗な空の写真が撮れたとか、興奮気味に語っている。
人が楽しそうだと、こっちまで楽しくなってくる。
適度に相づちを打ちながら、夕陽先輩の話に聞き入っていた。
「――そっちはなんかないのか?」
「えっ?」
こっちに話を振られると思わなかったから、一瞬固まってしまった。
「今日は部活だったんだろ? 『あいつ』には会えたのか?」
「あー……まあ、一応は……」
『あいつ』とは、嫩先輩のことだろう。
嫩先輩と夕陽先輩は同じクラスだから、一応面識はあるという感じらしい。
ただのクラスメイトで、友だちとかではないみたいだけど。
「今日は……なでなでされました」
「なでなで!?」
聞かれたからにはなにか答えないといけないと思い、一番の衝撃だった出来事を話す。
嫩先輩はたまに距離感が近いと感じることがある。
こちらが求めたら、どんなことでも笑顔でやってくれそうだ。
それが少しこわいというか、危なっかしいと感じるというか……
年下の私が言うことじゃないと思うけど、どこか放っておけないところがある。
私のキャラじゃないけど、『守ってあげなきゃ!』みたいな。
私の方が守られている気がするけど。
「なでなでか……まあ、あいつこの前の調理実習でケガしたやつの患部舐めてたし今更だな……」
「な、舐めてたんですか!?」
「まあ、包丁でちょっと切った指だけどな。いや、絆創膏貼るか保健室で消毒させてやれよとは思ったけど」
「そうなんですね……」
なんだか、嫩先輩のすごいエピソードを知ることができた。
でも、これなら知らない方がよかったかもしれない。
私がそれをされたわけじゃないのに、なぜか気まずくなってしまうから。
夕陽先輩は話したいことを話せて満足したのか、ベッドに横になって眠った。
本当に自由な人だ。
「うーん、この後の時間なにしようかな……」
やりたいことは全部終わったし、やるべきことも済ませた。
ぶっちゃけやることがない。
もういっそ、夕陽先輩みたいにベッドに抱きついてしまおうか。
「いや、それはなぁ……」
私はすぐに寝付ける方ではないので、それは遠慮しておく。
……私から馬のことをなくしたら、こんなにも退屈でつまらないものになってしまうんだな。
もう少しだけ牧場にいてもよかったかもしれない。
「いやー、でも外は寒いし……」
外は雪が降りそうなくらい寒い。
今日の天気は快晴だが、太陽が出ていても寒いものは寒い。
もうちょっと馬と戯れていたかったけど、長く居座ると職員さんたちの迷惑になるかと思って遠慮してしまった。
「いつか外乗りしたいな……」
牧場には馬以外の動物もいるから厳しいだろうけど、いつかやってみたい。
机に向かってそんなことを考えていると、いつの間にか深い眠りについていたのだった。
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