深淵よりのЯuin
黒糖はるる
Prologue:Erorr code
“
静かな訪れは破滅を意味するのだから”
カーテンの隙間から
換気のために窓を開けると潮の香りが
窓の外に広がるのは、宝石を散りばめたように輝く海面、そして岩肌鋭い
眼下には朝釣りを終えたばかりの釣り人の影がまばらにある。
海沿いの道路には色とりどりの乗用車が行き交っており、
普段と何一つ変わらない朝の光景。飽き飽きするほどに見慣れた、この街のいつもの姿だった。
「う~んっ」
この家に住む少女、
姿鏡に映る自身の姿は寝癖がボサボサで跳ねが酷く、汗ばんで貼り付いたパジャマはみっともなく乱れている。映画や漫画で見る美麗な寝起き姿とは程遠い、生活感溢れた年相応の乙女のそれだった。
もっと誰もが憧れるような、可愛い中学生になりたい。そう思って日々を過ごしているが、変われそうにないのが現状。今の自分はもっさりしただけの、掃いて捨てるほどいるただの女子。誰かに好かれたい、もて
――あー、やだやだ。
本棚の上にちょこんと座る、幼少期から愛用の
――お腹空いたな。
段々と頭が覚醒してくると、比例して空腹感も強くなっていく。今日の朝ご飯は何なんだろう、トーストとカフェオレがいいな。とささやかな期待を胸に、リビングがある階下へと向かう。
この家のリビングは広めに設計されており、大きな窓からは海が一望できる。ホテルだったら最上級のオーシャンビューと呼ばれているだろう。だが、実際に住んでみると問題も多々あり、特に大きいのがカーテンを開けると外から丸見えなことだ。お風呂上がりに不用意に通ると、あられもない姿が近所の住民の前に
キッチンからはトントン、と包丁とまな板が小気味良いリズムを奏でている。母は調理中らしい。しかし陽葵は朝の
母とは最近ろくに口をきいていない。自分のやることなすことに逐一文句を言ってくるので、話すだけ時間の
とはいえ無音の空間は居心地が悪いので、テレビを点けて気を紛らわすのがいつものパターンだ。この時間にやっている番組はニュースか子ども向け番組くらいしかないが、ないよりはマシという判断だ。ワイドショーなら賑やかでちょうどいいと思いチャンネルを合わせると、画面に有名な俳優の顔がアップで映った。
『俳優の
「嘘、氷室一真が……えー、マジかぁ」
悪い意味で大ニュースだった。
氷室一真といえば今をときめく人気俳優で、多くの女性ファンを獲得したトップレベルのイケメンだ。しかも顔だけが取り柄ではなく、演技力も抜群。数々の映画監督からも大絶賛で、スケジュールがぎっちり詰まっているともっぱらの噂だ。
陽葵自身は名前を知っている程度で、特にファンというわけではないので良かったが、友人の大半はこのニュースで相当ショックを受けているだろう。登校拒否する子が続出する可能性もある。朝から大変な騒ぎになりそうだ。
しかし、どうして急に自殺したのだろうか。
仕事で引っ張りだこの、誰もが
――こんな事件もあるんだなぁ。
もし自分なら、自殺なんて絶対にしないのに。死ぬのはきっと痛くて苦しいし、死んだ後どうなるかわからないのだって怖い。幼い頃は天国とか地獄とか、漠然とした概念は持っていたが、大真面目に信じるつもりはない。
それに美味しい物も食べられなくなる、というデメリットもある。せっかくこの世には多種多様な料理があるのに、それらを味わわず死ぬなんてもったいない。美味を捨ててまで死んで楽になろうなんて、
「……ちょっとぉ、朝ご飯まだなの?」
食事について考えていたら、空腹を告げる悲鳴が腹の底から鳴ってしまった。その恥ずかしさをごまかすように、陽葵はテレビから視線を逸らさないまま母に不満をぶつける。しかし母からの返答はない。普段の反抗的な態度に対する仕返しのつもりだろうか。それとも耳が遠くなったのか。自分の親がそこまで年寄りとは思えないが、あり得ない話ではない。
「ねぇ、聞いてるの!?」
わずかばかりだが怒りを胸に、陽葵はキッチンの方へと振り返る。料理に集中しているだろう母に、思い切り文句をぶつけてやろう。と意気込んでいたのだが、そこにあったのは、包丁を自身の
テレビの音が、やけに遠くで響いているような気がした。
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