第86話

~強side~


そして、日がかたむきかけた頃。



夜の乱闘に備えて、自室に置いてあるパンチングボールで軽いウォーミングアップをしていると、1階から桃花の声がきこえてきた。



「強、ご飯できたよ?」



ご飯?



俺は手を止め、時計に視線をやる。



もう、6時が過ぎている。



やっぱり、こうしていると時間の感覚がすごく短く感じる。



俺はグローブを外し、ベッドの上に投げた。



額に汗がにじんで、少し息が上がっている。



でも、食欲は十分にあった。



タオルで軽く汗をふき、すぐに1階へと下りて行った。



キッチンドアを開けると、おいしそうなスープの香りが鼻をくすぐった。



4人の女と母親が、おそろいのエプロンをつけて夕食の準備をしている。



俺には似つかわしくないその光景に、おもわず1歩後ずさりをしてしまった。



「強、こっちこっち」



桃花に手招きされて、俺はようやくダイニングテーブルの椅子に腰をかけた。



これだけ大人数で食事をかこむのは、久しぶりだ。



「コンソメスープは、あたしが作ったの」



そう言って、桃花がスープを差し出してくる。



「サラダは恋羽ちゃん。オムライスは千沙ちゃん。ライスに入れる材料を切ったのは瞳ちゃん」



「切っただけかよ」



桃花の説明に、俺は思わず突っ込みをいれた。



まぁ、この中じゃ一番料理が苦手なように見えるし、家庭環境も複雑だときいていたから、それだけでも上出来だと思う。



「うまいな、このスープ」



「本当!?」



桃花の表情が、ぱぁっと晴れた。



こんなに嬉しそうで楽しそうな桃花を見るのは、初めてかもしれない。



ここに連れてきてよかった。



「あぁ。うまい」



「じゃぁ、強のお嫁さんになれるかな?」



「はぁ?」



突然の言葉に、俺は軽くむせた。



まさか、桃花の口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなかった。



「冗談だよ」



すぐにそう言って笑う桃花。



だよな。



この俺が結婚?



考えられねぇ……。



そう思い、俺はふぅと息を吐き出したのだった。

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