第4話 次のデートの計画

「夢、じゃないんだよな……」


 帰宅後、僕はメッセージアプリの連絡先一覧を見ながら呟いた。何度見ても、目を擦ったり頬をつねったりしても、相変わらずそこには氷川先輩の名前が書いてある。信じられないことに、これは現実らしい。



 そのまま画面を見ていると、しばらくして先輩からのメッセージが通知欄に表示された。


『こんばんは。次の実習は休日にするのがいいと思うのだけれど、久我くんは何か意見があるかしら』


 簡潔、そして直球。一般論としては間にちょっとした雑談を挟むのが普通なのかもしれないが、これはこれで先輩らしい気がする。そもそも、連絡先を交換したのは先輩が言っていた通り実習を円滑に行うためで、別に美人の先輩と何気ないメッセージをやりとりして悦に入るためではない。


 ……まあ、こんなやりとりでも少し気分が高揚しているのは否定できないが。あの氷川先輩と、業務連絡とはいえ一対一でメッセージを送り合っているのだから許してほしい。



『こんばんは。次は土日で問題ないと思います』


 そう書いて送信する。返事は1分も経たずにやってきた。


『どこか行きたいところはあるかしら?』


 行きたいところと言われても、それこそ秋葉原かゲーセンくらいしか思いつかない。ゲーセンは先輩が苦手と言っていたし、秋葉原は先輩が行ってもやることがないだろうし、さすがにどうかと思う。御園先輩とか、あるいは部長——1つ上の男子の先輩で、ギャルゲを猛烈に愛している——とならアリだったのだろうけれど。こちらから頼めば付いてきてくれるかもしれないが、さすがに気が引ける。


『特にないですね……。先輩は何かありますか?』

『希望は特にないけれど、提案なら。複合商業施設はどうかしら。食事も買い物も娯楽も、ある程度いろいろな種類が揃っているはずよ。それに、最悪本屋に逃げ込めばどうとでもなるわ』

『なんで初めから逃げる心配をしてるんですか……』

『人混みは得意ではないの。本屋も混んでいることはあるけれど、だいたい話題書や文庫本のコーナーに集まっているから、専門書の棚に行けばまず人はいないわ。もちろん、あまり何度も本屋に付き合わせてしまうのは悪いから、これは最終手段ね』

『僕は別に気にしませんよ。本屋はけっこう好きですし』

『実際の恋愛ならともかく、実習なら可能な限り「ちゃんとした恋愛」ごっこをする方が無難だと思うの。それで、行きたい場所はあるかしら。商業施設にもいろいろあるでしょう?』


 というか、先輩けっこう返信速いのに長文だな。こういうチャットにあまり慣れていなさそうなイメージだったけど、勝手な思い込みをするのは失礼か。


『僕もあまりこういうの詳しくないんですけど、学校から近い方がいいですかね?』

『学校から見てお互いの家が正反対だから、その方が良さそうね』


 家が同じ方向ならわざわざ都心に出る必要もないんだろうけど、僕の家と先輩の家は完全に反対方向だ。


『だとすると、渋谷かしら。学校と本屋以外に何があるかは知らないけれど、さすがに都内の巨大ターミナル駅なら模擬デートで行く場所には困らないはずよ』

『それでいいと思います。日付はいつにしますか? 今週末でも来週末でも、それより後でもいいですけど』

『早めにやっておいた方がいいとは思うのだけれど、今週は両日とも塾があるのよね。来週でいいかしら?』

『大丈夫です。僕は1年生だし全然暇なので』


 そうだ、先輩は受験生だった。実習自体は仕方がないけど、それ以外のところで先輩の手を煩わせないようにしなければ。


『とりあえず、行き先の候補をこっちで探してみます。僕はめちゃくちゃ暇ですし、受験生はいろいろ忙しそうなので』

『そんな寸暇を惜しむような極限の生活は送ってないのだけれど。そもそもまだ4月だし……。まあ、気遣いはありがたく受け取っておくわね』


 とりあえず、後で「渋谷 デートスポット」みたいな感じで検索してみるか。


『ところで、先輩ってメッセージの返信速いですね。こういうチャットはよくやるんですか?』

『いえ、ほとんどやらないわ。返信が速かったとしたら、単にパソコンで打っていたからでしょうね』


 このメッセージアプリってパソコンからも使えるんだ。そもそも、パソコンだったとしても十分速いと思うけど。

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