24 - 憧れの来訪
春香は芽衣咲、玲央、天と共に中央病院を尋ねた。
四人が病院のエントランスに着いたとき、待ち合わせをしていた人物が声をかけてきた。
その表情は暗く、自らの行いを恥じているように見える。
「佐藤先生、行きますよ」
春香はあえて明るく振る舞い、佐藤の手を引く。芽衣咲はうしろから佐藤の背中を押して、エレベーターに進んだ。
昨日明秀大学附属高校で起こった事件は、全国的に報道された。
籠城した犯人は逮捕されたことが公表されたが、それ以上詳しい事情は何も語られることはなかった。
学長の岳本、担任の保科、養護教諭の佐藤は警察に連行されたが、その後の事情聴取で佐藤は脅されていたことがわかった。
本来であれば、真実が芽衣咲たちに伝わることはないのだが、斗真の計らいで山本から話を聞くことができた。
学校で行われていた裏口入学の不正は二〇年以上の実態があり、前学長の代から受け継がれていたそうだ。
柳沢は明秀大学附属高校の卒業生であり、彼もまた裏口入学によって入学していた。そのため、不正が行われていることを知っており、岳本から口止め料として分け前を受け取っていた。
保科は不正に気づき、柳沢から得た情報をもとに岳本に金銭を要求、懐が潤っていたが、プライベートで彩華と会っていた柳沢が酔った勢いで不正の内容を話してしまい、彩華は公表すると聞かなくなった。
自らの身だけでなく、岳本に迷惑をかけることになると焦った柳沢は、保科に相談をした。
そして、彼女のアドバイスの通りにクラスメイトの希空と帆音に金銭を渡し、彩華を精神的に追い詰めるように指示した。
狙い通り、彼女は自殺未遂をするまでに追い詰められたが、想定外のことが起こった。
それは、友人がいないと思っていた彩華のために、真相を暴こうと調査をはじめた生徒がいたことだった。
芽衣咲と春香が行動に移した調査は、周囲の生徒に影響力のある玲央と天が加わり、いつ不正の真相に辿り着くか時間の問題であった。
保科はどんな手段を使っても彼女たちの調査をやめさせようとしていたことを知り、佐藤は代わりに調査をやめさせると約束し、彼女たちに手を出さないように伝えた。
そして、自らの人脈を辿り、お金を渡せば望み通りに動く人物に芽衣咲と春香を脅すように依頼した。
ただし、絶対に怪我をさせないことを条件に希望の金額を支払った。
それでも彼女たちの調査は継続され、保科が今回の凶行に出た。
佐藤は岳本から金銭を受け取ったことは一度もなく、生徒の安全を脅かすと言われて黙っていることしかできなかった。
彩華が保健室に悩みを話に来たとき、すべてを知っていた佐藤は手を差し伸べることができなかった。
どんな顔をして彼女に会えば良いのだろう。
芽衣咲たちはずっと俯いて黙っている佐藤をエレベーターに乗せ、目的の病室の前に向かう。
芽衣咲も春香も佐藤のことは慕っていた。襲われたことも、佐藤の気持ちを考えれば被害届を出す気にはならなかった。その結果、彼女は今朝厳重注意で警察を釈放された。
ゆっくりとした足取りで病室の扉の前に立った佐藤は、扉を開けることを躊躇する。
「ほら、佐藤ちゃん」
玲央は扉をノックして、中から返事があったことを確認して扉を開けると、ベッドの上で彩華が驚いた様子で佐藤を見た。
友人がいないと思っていた彩華に、これだけもお見舞いに来てくれる人がいる。彼女は泣きそうな表情で全員を出迎えた。
「関口さん、私・・・」
「わざわざありがとうございます。佐藤先生とまた会えて嬉しいです」
ベッドのそばまで歩みを進めた佐藤に、彩華は笑顔で挨拶をする。その笑顔が、佐藤の心をギュッと締め付けた。
違う・・・。感謝されることなんて何もしていない。
「私、あなたに謝らないといけないことがあって・・・」
「聞きました。全部。最上さんがさっき来てくれて、春香が友達と一緒に私のために動いてくれたこととか、佐藤先生も苦しんでいたこととか」
「あなたの苦しみに比べたら、私なんて」
「苦しみに大きいも小さいもないです。私のせいで苦しんだなら、私こそ謝らないといけないですし、私、先生とお話する時間が大好きです」
本当に強くて優しい娘だ。
佐藤は床に膝を付いて、彩華に頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
俯いた顔から雫が落ちる。
佐藤は、充分苦しんだ。これ以上、彼女を責める必要なんてない。
「顔を上げてください。また、お話に行ってもいいですか?」
「ええ、もちろん。いつでも待ってるから」
天がそっと差し出した椅子に佐藤は腰を下ろす。安堵した脚は、すでに身体を支えるだけの力は残っていなかった。
「春香、私のためにありがとう。芽衣咲ちゃん、玲央くん、天くんも。話したこともない私のために危険な目に遭ってまで・・・。ごめんね」
「気にしないで。それに、春香の親友なら私にとっても大切な存在だから」
「クラスメイトなのに何もできなかった。だから、困ったことがあったらなんでも言ってくれよ。俺たちはもう友達だからな」
「春香と芽衣咲は別のクラスだから、なんでも俺たちに言ってよ」
気付かなかった。こんなに頼れる人が、すぐ近くにいたことに。
もっと早く知っていたら、こんな選択はしていなかった。
「皆、ありがとう。早く学校行けるように頑張るから」
この様子なら、彩華は近いうちに学校に戻れるだろう。
希空と帆音は退学処分になることが決まった。柳沢の指示とは言え、金銭を受け取ってひとりの生徒を自殺未遂にまで追い込んだ罪は重い。全国的に有名な進学校ということもあり、外部からの非難を恐れての処分だろう。
刑事責任を負わなくて良いだけ彼女たちは幸運だと思うべきだ。
彩華が前向きになっているのは、きっと圭のおかげだ。本当に感謝してもしきれない。
明るい雰囲気で話をしていると、扉がノックされた。
「最上さんかな?」
玲央は彩華に確認をとってから扉を開けた。
そこには、女性がいて、今まで会ったことがない人だった。だが、ほんの数秒で、全員が彼女の正体を知った。
「入ってもいいかな?」
「ど・・・どうぞ!」
彩華の声が裏返った。
テレビで観ていた憧れの存在が、まさに目の前にいるからだ。
「はじめまして。天羽美奈です。お見舞いに来ちゃった」
「お、お見舞いですか? なんで・・・私に?」
彩華は興奮で呂律が回っていないが、それは周囲にいる芽衣咲たちも同じであった。
どうして国民的女優が会ったこともない彩華のお見舞いに来るのか。答えはすぐにわかった。
「私、本名は天羽じゃないの」
「最上さんですよね? 最上・・・あ!」
彩華は美奈のファンとして、本名を把握していたが、まさかそんなはずはないと気にも留めていなかった。
「そう、圭は私の弟で、彩華ちゃんの担当医の麗奈は妹なの」
女優の美奈、外科医の麗奈に、FBI捜査官だった圭。
なんと恐ろしく優秀な姉弟だと芽衣咲は驚愕した。
母親は誰もが知る天羽真希という大女優で、父親は大企業の社長だったはず。まるでフィクションの世界にいるような家族構成だ。
その後、彩華は弾ける笑顔で美奈と佐藤との会話を楽しんだ。圭と麗奈が静かに病室に入ってきたことに気付かないほどに。
「最上さん、本当にありがとうございました」
春香と芽衣咲に丁寧に礼を言われた圭は、照れ臭そうに微笑んだ。
「あとは、君たち次第だ。しっかり支えてやれよ」
「はい、協力してくれた皆さんによろしくお伝えください」
これで、すべてが解決した。
賑やかな病室にいるだけで、彩華の未来に心配は無縁であることを確認した圭だった。
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