22 - 司令塔の目
街中でサイレンを響かせて一台の捜査車両が走る。
運転しているのは山本だった。
斗真から電話があり、明秀大学附属高校でナイフを持った男が生徒を人質にとっているから来てほしいと言われた。
すでに学校から警察に通報がされているだろうが、山本はその通報が入る前に警視庁を飛び出した。
捜査一課の刑事たちがうしろを追ってくるだろう。
警視庁を出る前に課長の権藤に簡単に状況を説明しておいた。勝手な行動で彼に迷惑をかけることがあってはならない。
山本は運転をしながらマイクを使って一般車両に道を開けるように叫び続ける。相棒を置いてきてしまったことを今更後悔しても遅い。
車両はサイレンを鳴らしたまま学校の敷地内に滑り込み、山本はエンジンを切って扉を開け、校舎に向かって走った。
「刑事さん!」
女性職員が山本を手招きしている。
「状況は?」
「ナイフを持った男が美術室で女生徒を人質にとっています。数名の教師と他の生徒も同じ部屋にいるみたいです」
女性からの情報では何が起こっているか把握することは難しい。山本は「あとは任せてください」と言い、美術室の場所を聞いて駆けだした。
階段を上り、その先に生徒や教師が集まっている場所を見つけると、床を蹴る。
「警察です。危険ですので避難してください」
教師がまずすべきことは生徒の安全の確保だが、人質にとられた生徒を救おうという意識が強すぎるためか、その他の生徒は野次馬と化していた。
山本の一言で冷静になった教師たちが生徒に校舎から出るように指示を出し、誘導を開始する。
「斗真! 凛!」
山本は廊下の先でふたりの姿を視界に捉えた。駆け足で彼らのもとに向かう。
「どうなってる?」
「犯人は若い男ですが、主犯は別にいます。名前は保科柚月。この学校の教師で、関口さんの担任です」
「担任? 不正をしていたのは学長じゃなかったのか?」
山本は斗真から事前に真相を聞いていた。
学長である岳本が裏口入学を行っており、その話を聞いた彩華が真実を公表しようとして口止めされたと。
「関口さんに口を滑らせた柳沢は彼女のクラスの副担任です」
なるほど。担任と副担任は共に不正の事実を知っていたということか。
「話はあと。今はあの子たちを助けないと」
凛はふたりの会話を遮った。
真相はあとから解明すれば良い。
一刻も早く芽衣咲たちの安全を確保し、この場を解決しなければならない。
「圭はどこ行った?」
斗真から聞いた話では、この場所に圭を連れて来ているはずだ。
「それが、ひとりで走っていって、どこかに行ったのよ」
悪い癖が出たということか。彼は誰かを救うことに夢中になりすぎて、ひとりで先走ることがある。
三人が話している廊下のすぐ先に美術室がある。
扉は閉められており、磨りガラスのため中の様子は廊下から確認できない。
生徒の避難は順調に進んでいるそうだが、外を見ると警察車両ではなく、マスコミが校門前に集まり始めている。
すでに事件が起こっていることは外部に情報が流れているらしい。
「ここは、僕に任せてもらえませんか? もう警察の人間ではありませんが、この場を収めるための交渉をさせてください」
山本に訴える斗真の目に、いつか見た決意が宿っていた。
犯罪対策課、零の司令塔としての彼がそこにいた。
「わかった。権藤さんにはうまく説明しておく」
「ありがとうございます」
斗真はゆっくり廊下を進み、美術室の扉の前に立つ。
室内の様子を確認しようとしている教師を離れさせ、「任せてください」とだけ言って扉をノックした。
室内からは返事がなかったが、扉を恐る恐る横にスライドする。
「失礼します」
まさか人が入ってくるとは思っていなかった男が芽衣咲の首に腕を回して呆然としている。
そのすぐそばに保科がおり、もうひとり白衣を羽織っている女性が床に座っていた。
彼らと距離を置いて春香、玲央、天が集まって斗真を見る。
斗真は芽衣咲を安心させるために頷いた。
「保科さん、もうすぐ警察が来ます。逃げることは不可能です。清水さんをお返しいただけませんか? 彼女に少しでも傷がつけば、さらに罪は重くなりますよ」
「もう手遅れよ。この子たちが余計な真似をしなければ、こうはならなかった」
余計なこと、つまり、彩華が自殺を試みた要因を調査したこと。
すべてが明白になった今、彼女は失うものがなくなった。現状で、彼女を抑えるものは何もない。
慎重に進めなければならない。
「わかりました。少しお話をしましょうか」
この状況下で落ち着いている斗真に対して、保科は不思議そうな顔をしている。男は芽衣咲を捕まえて離そうとしない。
このような状況は何度も潜り抜けてきた。
これが最後の戦いだ。失敗は許されない。
舞台は整える。最後は君に託す。
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