16 - 秘密の会合
「お越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。岳本さん直々にお話を聞いていただけるとは・・・」
中年の男がふたり、テーブルを挟んで正座で対面する。彼らはお互いに頭を下げて謙虚な姿勢を示すと、和室の障子が開いて淡いピンク色の着物を着た女性が食事を運んでくる。
少しだけ開けられた障子から
食事を運び終えると、女性は畳に正座し、深くお辞儀をしてから障子を閉めて廊下を去っていった。
足音が聞こえなくなったことを確認し、ふたりは会話を再開した。
「こちらを」
スーツを着た男がビジネスバッグから茶封筒を取り出すと、テーブルの横からさっと差し出した。
誰にも見られていないとはいえ、堂々と渡すことは躊躇われる。
もうひとりの男がその封筒を手に取ると、持っている鞄に仕舞い、何事もなかったかのように向き直った。
「ありがとうございます。お約束通り、お嬢様のことはお任せください」
「助かります。どうしても、将来のために必要なプロセスなのです。しかし、本人の能力だけではどうも厳しいと困っていました」
高級料亭はプライバシーが守られ、他人に知られたくない話をする場所としては最適だ。
加えてこのような高級な料理を食する絶好の機会になる。
「岳本さん、ひとつ心配なことがあるのですが・・・」
「なんでしょうか?」
「先日、ありましたよね。学校で事件が」
岳本と呼ばれる中年の男は笑顔を崩さない。
「女子生徒の自殺未遂」
必死に取り繕った彼の笑顔がほんの一瞬だけ、歪んだことを男は見逃さなかった。
「この件が原因ではないのですか?」
「まったく関係ありません。虐めによる突発的な行動ですよ」
岳本にも焦りはある。若い女にうつつを抜かして口を滑らせたあの男のせいで、取り返しのつかない状態になるところだった。
先手を打つことができたのは、優秀な協力者がいたからだ。多額の金銭を要求してきたが、得た利益の一割にも満たない微々たるものだ。それで働いてくれるなら、喜んで報酬は渡そう。
向かいに座る岳本は、悪魔が乗り移ったような冷酷な視線をこちらに向ける。
「マスコミは騒いでいませんし、警察も一度来たのみ。調べようはありません。もちろん、調べられたところでこちらに非はないのです。ご心配には及びません。お嬢様の将来は明るいものになりますよ」
「ならば、問題ありません。どうぞよろしくお願いします」
これで良い。目的は果たした。
岳本は白い徳利を手に持ち、向かいの男が差し出したお猪口に日本酒を注ぐ。
たまに高級な食事は良いものだが、やはり日常的に口にする安くても美味しい定食の方が口に合いそうだ。
障子越しに聴こえる鹿威しの音が、静かな空間を流れていった。
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