15 - 頼もしい存在

 翌日、芽衣咲と春香は昼食を食べ終えて体育館裏にいた。


 昨日謎の男たちに襲われたことを伝えるため、昼食後に会いたいとメッセージを送っておいた。


 怪我はなかったものの、圭と凛がいなければどうなっていたかわからない。


 体育館裏といえば、隠れて告白するか、喧嘩をするために呼び出すかの二択だが、人に見られたなくないという目的は同じだ。



 「昨日帰ってからお姉ちゃんに心配されて大変だったよ」


 「お姉さん、芽衣咲のこと大好きだもんね」


 「過保護だと思ってたけど、さすがに今回は心配かけすぎたかな」



 妹が襲撃されて心配しない姉はいないだろう。それでも、瑠璃は圭を信頼しており、彼が任せろと言ったことで少しは安心できたようだ。



 「わっ!」


 「きゃっ⁉︎」



 芽衣咲と春香が話している背後から玲央が飛び出した。ふたりは驚いて猫のように跳ねる。



 「ははっ、そんなに驚くかよ」


 「やめてよ!」



 芽衣咲は手を挙げて、玲央を叩こうとするが、それを庇う彼の左手首に包帯が巻かれていることに気付いて手を止める。



 「怪我したの?」


 「昨日部活でな。治るまでは部活禁止だってさ」



 玲央が明るく話しているところをみると、怪我の程度は重くないようだ。芽衣咲たちに起こったことで彼らに何かあったのかと思って肝を冷やしたが、部活中の怪我で良かった。いや、怪我は良くないことだが。



 「だから、俺は芽衣咲と春香をいつでも手伝えるぜ」



 玲央は確か芽衣咲と春香を苗字で呼んでいたはずだ。あまりに自然に名前を呼ばれたが、やはり違和感が残る。



 「やっぱ変か? これだけ一緒にいるならもう友達みたいなもんかと思ってさ。下の名前で呼ぶ方が自然かと思ったんだけどな」


 「いいよ。確かに私たちも玲央と天の方が呼びやすいし」



 ただ文字数の問題ではなく、精神的な距離というべきだろうか。



 「それで、話って? 何か進展あった?」



 天は急いで昼食を食べたのか、話しながら少し気持ち悪そうにしている。急かしてしまったのなら、申し訳ない。



 「昨日、私たち男に襲われて・・・」


 「は⁉︎」



 春香は言い切ってから表現に問題があったことに気付いた。



 「違う! そうじゃなくて、誘拐されて、倉庫みたいなところに連れていかれて・・・」



 補足をしたところで、玲央と天の誤解は解けない。



 「最上さんと小鳥遊さんが助けてくれたから、怪我もしてないし、何もされてないよ」



 混乱に陥った春香に代わり、芽衣咲が説明を付け足す。


 玲央と天は無意識に止めていた呼吸を再開し、大きく息を吐き出した。



 「良かった。けど、襲われたって、誰かが調査を止めようとしたってことだよね?」


 「ただの虐めだけじゃねえってことか。希空と帆音のふたりでもそこまでするとは思えねえし」



 天と玲央はふたりで考察を始める。そして、その思考は圭のそれと同じもののようだ。



 「だから、玲央と天に何かあれば大変だから、もうふたりは手を引いた方がいいと思って」



 芽衣咲は初めてふたりを下の名前で呼んでみたが、内容が内容だけにそのこと自体は何も気にならなかった。



 玲央は包帯が巻かれた左手首を芽衣咲の眼前に差し出して、「もう怪我してる」と言う。



 「決めた。俺も部活は休む。玲央がいないと練習も身に入らないし」


 「女子ふたりじゃ危ないだろ。俺らに守らせてくれよ。身体がでかいから盾にはなれると思うぜ」



 まだ青臭い玲央と天は、女子が困っていると放っておけない思春期特有の使命感に追われているらしい。


 芽衣咲はふたりを見る春香の顔が乙女のそれになっていることに気付いた。玲央と同様、彼女もまた恋に落ちやすい。



 「無茶はしないでね。思っていたより相手は危険かもしれないから」


 「わかってるって」


 「実は昨日、最上さんから連絡があってね。芽衣咲と春香を守ってやってくれって言われたんだ」



 圭はふたりを守ると誓ったが、学校内や放課後まで常に見守ることはできない。交換条件として、圭からバスケットボールを教わることを約束した。



 「で、結城さんに頼まれたスマホの件はどうなった?」


 「昨日結城さんと雨宮さんに会ってきた。彩華とアプリでやりとりしてた彼氏との履歴が残ってたから、結城さんが相手を調べてくれてるところ。わかったら連絡くれる」


 「その結果待ちってところか」


 「うん」



 想像していたより遥かに大きな出来事に巻き込まれているのかもしれない。自ら望んで足を突っ込んだが、昨日のことがあって怖くなった。だが、彩華が目を覚ましたときに戻れる場所を作るために、この件は解決しなければならない。



 「そういや、関口がよく保健室に来てたって佐藤ちゃんに聞いたわ」



 玲央は昨日手首を捻挫した際に佐藤から聞いた話を芽衣咲と春香に伝えた。



 「何気ない世間話をしただけって言ってたけど、佐藤先生は何かを知ってるかもしれない。俺たちの質問に、明らかに戸惑ってた」


 「あー、佐藤ちゃんが怪しいのは複雑だわ」



 玲央は昨日も同じことを言っていた。保健室の先生はなぜか男子生徒から人気になりやすい存在だが、佐藤に関していえば彼女は美人だ。人気があることに誰もが納得の理由がある。



 「とにかく、佐藤先生は何かを知ってる。それだけは確かだよ」



 天が玲央の脇腹を突くと、びくっと身体が跳ねる。


 四人がここでどれだけ頭を捻っても、答えは出ない。


 まずは斗真からの連絡を待つこと、その次の行動はそれから決める。


 時間を見ると、すでに授業開始まで五分になっていた。



 「そろそろ教室戻らないとね」


 「放課後、俺らが教室に行くから先に帰るなよ。また襲われたら大変だからな」


 「わかった。ありがとう」



 昨年、玲央の第一印象はチャラい男子だった。お調子者で馴れ馴れしく、芽衣咲は彼が苦手だった。しかし、実は友達を大切にする接しやすい人物であることが少しずつわかってきた。


 彩華の件がきっかけだが、彼がここまで頼りになる人だとは、思っていなかった。


 天はいつも玲央の暴走を止めつつ、サポート役に徹している。相性が非常に良いコンビだ。


 タイプは異なっても爽やかでイケメンのふたりを狙っている女子生徒は多い。このシーンを見られたら、芽衣咲と春香が虐めの対象になるだろう。



 「かっこいい」


 「え?」



 去っていく大きなふたつの背中を見つめながら、春香が口にした台詞は、芽衣咲の耳に確かに届いた。

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