【短編】従者から

吉枡ニンジン

従者から

 私はこのお屋敷でお嬢様につかえる従者である。出会いは話すと長くなるが3年前である。それまで専属執事のいなかったお嬢様の元に私はやってきた。お嬢様に出会う3年前から更に遡って2年、当時私は貧民街で生きる孤児だった。それなのに全くの無縁だった貴族様に拾われ、上流階級の作法を身につけることとなった。私がまだ若く、見目が良かったおかげで俺はまだ生きていくことができている。私はこの恩に報いるべく必死で礼儀作法や貴族社会の知識、情報を学んだ。

 そして3年前のあの日、私は初めてお嬢様を奥様から紹介された。一つ一つの作法が洗練されとても優美でありながら年齢を思い出させるような幼さの残る笑顔を見せてくださる可愛らしい方であった。

 そんなお嬢様の元につかえ、切磋琢磨しながらも新参者の私は元々お嬢様の側使えをしていたメイドや家老執事長に警戒されていた。生まれ持った身分の隔たりは取り除くことはできない。お嬢様を大切に思っている者にとって私は異物でしかなかった。だからあからさまな行動はされなかったものの、冷淡に対応された。私は監視されていた。それは1年を過ぎればようやく和らぎ、普段使用人の休憩所で談笑に混れるようになった。緊張体制が解かれたように家老にお褒めの言葉を頂ければまわりは少しずつ違和感を解いていった。

 そんな生活をしていた1年と半年前のお嬢様の誕生日にお嬢様の婚約者が決まった。それが時の第一王子であった。身分や影響力を考えれば考えるほど妥当な組み合わせのお嬢様と第一王子。時期王妃候補生にいたお嬢様は他貴族や民衆にとっても違和感のないものだったが、違和感を持つ者がいないわけではなかった。

 国母になるべく王妃修行が始まったお嬢様は王宮に行くことが多くなった。もちろん私も同行した。馬車に揺られて向かう中、お嬢様は隠しているつもりのようだが嬉しそうにしているところを見る。侍女や私には少し緩んでしまうようで分かってしまう仕草を可愛らしく思う。

 王子を好意的に思っているお嬢様は王宮での稽古休みの間王子を探していた。お嬢様の誕生日パーティーに来られて以降王子からの音沙汰はなかった。それでも王宮に行けば会うことができる、お茶会を楽しむといった淡い期待も虚しく、そんなことは全くなく厳しい稽古は続いていった。

 そんなある日、お嬢様の妹君とかの王子が逢引きをしているところに出くわせた。幾分も慌てる様子のない2人の姿に違和感はあった。そしてあろうことか王子はお嬢様ではなく妹君を愛していると言う。そのことを激情し、怒声を撒き散らすような見苦しい真似は一切なく、お嬢様は淡々とこのことの処理していた。なにせこれは政略結婚である。愛のない形というのがないこともない。そして王子の普段の行動がなんとなく想像のできる状況の形を作り、それが現実となって明るみになった。

 けれど、お嬢様は諦めておられなかった。お嬢様は毎日王子に手紙を書いておられた。どんな内容なのかは確認していないが私は毎日手紙を送っている。文だけの時もあれば花が添えられている時もある。出先で見かけた思い出話などかさばるような物は添えず、至ってシンプルな物だった。そんなお嬢様の愛も虚しく返事が返ってくることは一度もなかった。

 婚約が白紙に戻ることや妹君に移行することなく変わり映えのない日々が過ぎた現在、お嬢様は結婚披露宴を3日後に控えていた。

 婚約式準備は終わっているが、業務上顔を合わせる機会は多々ある。それが今であり、身内しかいない空間で仮面夫婦である隠す気のない冷め切った王子の冷徹な瞳が目に入る。その隣では南半球と北半球かというぐらい温度差のある照れ笑顔のお嬢様がいらっしゃる。この光景も見慣れたものである。

 王太子、その称号を得たのは第二王子であった。お嬢様の婚約者である第一王子が王太子に選ばれることはなかった。お嬢様の手紙が功を成したといったところか、現王の耳に入り王太子としての権利は永久剥奪され、不義理な王子として西の都のまた先の山間の塔で過ごすことが決まった。

 側室というのは珍しいものではないし、現王も何人か側室を持っているが王子の婚約発表まもなくお嬢様の妹君と淫らな行為に及び、お嬢様の妹君を側室に据えるのではなくいずれはお嬢様を陥れて代わりに正室にする企てがあったという。そのような愚かな行動をお嬢様の王子への手紙で現王が現状を察し、現行犯討伐という形で終わった。

 お嬢様の妹君、並びに作戦を手引きしたお嬢様の義母である奥様は投獄することとなった。

 その後は王宮管轄並びに、俺の雇い主がいなくなってしまったので情報を知るところではなくなった。ついでに言えばお嬢様は俺が妹君の気まぐれで拾われたことや公爵家で妹君だけが華やかしく栄華を極められようにお嬢様を陥入れる行動役としてあったことをお嬢様は知っていて俺を側に置かれていた。俺も妹君や奥様にははじめ以外ほぼ関わりがなく、そちら側の上司経由でしか情報も指示もなかったため恩を返すよりは利用してやろうとしかなかった。

 むしろお嬢様の可愛らしさに年々やられてしまったのかお嬢様の積極的に手助けをしていた。だから俺はまだお嬢様のお側にいる。


 王子は幽閉される予定だったが、お嬢様の愛情深い温情により塔で暮らすことになった。幽閉とさほど処遇は変わりないが、お嬢様がいらっしゃった時はお嬢様と外に出ることができる。

 いつまでも不機嫌を隠しきれず、お嬢様を恨む王子とそんな王子でも変わらず愛を貫くお嬢様。

 王子の今後の生死はお嬢様が握られている。

 今はただそれだけだ。

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【短編】従者から 吉枡ニンジン @nisigaki257

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