第3話 名前で呼んでください!
神楽坂さんと知り合い、友達になった翌日から私の学校生活は少し変わり始めていた。
「せーんぱい!お昼一緒に食べましょ〜!」
お昼のチャイムが鳴ると同時に彼女が元気よく私のクラスのドアを開け、入ってくる。
彼女が入ってくることでクラスの中はザワつくのだけど肝が据わってるのか一切気にしない様子で話しかけてくる。
「神楽坂さん…。まぁ別に良いけれど」
実際この子のおかげで無差別に話しかけてくるクラスメイトの数は少し減っているんだもの。
「神宮寺さん!今日もその子と一緒にご飯食べるの?」
「え?えぇ…そうですけど…?誘ってくれてるのに断るのも申し訳ないから」
女の子が一人聞いてくるのだけど、そもそも私いつも一人でご飯食べてたんだけど…。
「先輩!早く行かないと席埋まっちゃいますよぅ」
そう言って腕に抱きついてきた神楽坂さんに引っ張られるように教室を後にした。
廊下を歩いていると、遠目で「神宮寺さんとあの帰国子女一年生っていつの間に仲良くなったんだ!?」「やっぱ美人同士惹かれ合うものがあるんじゃね!?」と声が聞こえてくる。
それに最近分かった神楽坂さんの事だけど、この子も私と同じように『騒がれる』タイプらしい。なんでも帰国子女なんだとか。まぁ、このオレンジ色の髪の毛と顔付きは明らかに日本離れしてるわよね。
「同級生に友達いないの?…私が言うのも何だけど」
「はい?別に友達は居ますよ?」
私と神楽坂さんは図書室近くのフリースペースに向かっていた。珍しく飲食OKなスペースで人気も少ない私のお気に入りスポットだ。
「じゃあその人達もあなたとご飯食べたいと思ってるんじゃない?」
「んーー。でも私は先輩と一緒にいたいので!」
「……。何故そんなに気に入ってくれてるのか本当に分からないわ。本音の私って結構根暗なのよ?アニメだって好きだしイラストだって描く。理想とはかけ離れた存在なのよ?」
「私は別に先輩の当たり障りのない演技の外面には興味はありませんよ?あくまでもその本心に惚れてるんです」
「もぅ、そんな軽く惚れてるとか声に出すもんじゃないわよ?第一私達は女同士なんだから」
私がそう言うと隣を歩いていた神楽坂さんの足が止まった。
どうしたのかと振り返ると神楽坂さんは血色のいい肌が更に赤みを帯びていた。
「…どうしたの?」
「いえ…もぅ…別に大丈夫です!」
いつものように笑ってみせる神楽坂さんだったがどこか影を帯びてしまった様に見えた。
◇
神楽坂さんと出会ってからというもの私は本当によく喋るようになったと思う。そういう点では本当に感謝している。飾らないで話せる存在はよく考えたら初めてかもしれない。それに、たった数日の付き合いだけどこの子が悪い子でないことは理解出来たし。
この子は本当に感情が表情に出やすく、それでいて非常にコロコロ変わる。それが見ていて面白くもあるのだけどね。
でも本当に飾らない私と居て何が楽しいのだろうか…。世間一般じゃ私みたいなのってオタクって言うんでしょ?
事が起こったのはその日の放課後だった。
ここ最近は授業が終わればすぐに教室にやってくるのだけど、今日は違った。少し待てば来るのかと思って珍しく教室で待っていたのだけど、あの騒がしさの塊のような後輩は一向に現れなかった。
仕方ないので私は神楽坂さんを探してみる事にした。なんやかんや言ってもあの犬の様な性格の神楽坂さんと一緒に居るのは悪い気はしない。それに…。それに、これで私が勝手に帰っちゃって入れ違いになっちゃったら流石に可哀想だものね。
それから人気の多いところや少ないところ問わずに虱潰しに歩いていたら、急に校舎裏から怒号が聞こえてきた。
思わず身を潜めてそーっと様子を伺うとそこに居たのは男女数人に囲まれた神楽坂さんだった。
そしてさっきの怒号の主だと思う人が続けて怒鳴った。
「もう神宮寺さんには近づかないで!」
……一体何がどう拗れたらこんな騒ぎになるのよ。頭痛くなってきた…。
「なんでですか?」
「あなた新入生だからと言って調子乗りすぎなのよ!神宮寺さんが迷惑してるの分からない!?」
「……」
神楽坂さんは露骨に嫌そうな顔を浮かべている。いや、うんそりゃそうでしょうね…。
「先輩達は…せんぱ…いや、楓先輩とどういう関係なんですか?」
「は?」
「そんなの友達に決まってるだろ!」
叫んでいた女の子の横にいた男子が言い返してるけど…。私あなた達の誰ともまともに会話した覚えがないのだけど…?え、私が忘れてるだけ?
「友達…そうですか。友達ですか」
神楽坂さんは少し怒ったような声色で友達という言葉を繰り返す。
「友達と言う割には楓先輩の事何も見てないんですね」
「っ!?」
「何が言いたいの!私達の方が長い時間神宮寺さんと一緒にいるのよ!?」
「まともに会話したことも無いような人が私の先輩の友達なんて語るのはやめてください」
今までで1番怒気を顕にした声でそう伝え、その場を去ろうとした神楽坂さんにカッとなった少女が手を挙げた。
止めようと飛び出しかけたけど間に合わず、校舎裏に乾いた音が響いた。
「おい!そこまでしなくてもいいだろ…」
少女の男友達と見られる人が制止しようとしたけど、少女は無視して言葉を捲したてる。
「あなたこそ数日しか経ってない癖に分かったような口聞かないでもらえる!?」
神楽坂さんは冷めきった目で少女達を見つめる。……あんな目もするんだ神楽坂さん。
「……難儀ですね本当に」
「何?言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ!」
神楽坂さんはずいっと乗り出して宣戦布告の様に言い放つ。
「あなた方の様な人に付きまとわれる楓先輩が可哀想です。だから、私が先輩をあなたのような人達から守りますので」
「なっ!?」
「では、私は先輩と帰らないとなので失礼します」
神楽坂さんは圧倒され、呆然としている少女達を置いて踵を返すと、スタスタとこちらに向かって歩いてくる。ど、どうしようかしら!?覗き見てたのがバレる…!
そして、なすすべもなく私は神楽坂さんと鉢合わせてしまった。
「あっ…先輩、もしかして見てました?」
神楽坂さんは頭を掻きながら少し笑ってみせる。
「あ、えと…その…ごめんなさい。神楽坂さんを探してたら、たまたま怒号が聞こえたから…」
神楽坂さんは恥ずかしいな〜と照れた様子で頬を掻いている。身長差は私の方が少し高いくらいなのだけど、なんだろうか。神楽坂さんがとても大きく見える。
私は思うところがあり、少し神楽坂さんを見つめていると彼女は顔を真っ赤に染めながら上目遣いでこちらを伺ってくる。
先程彼女が叩かれた頬が赤く腫れているのを見て、私は思わず彼女の頬に手を伸ばしていた。
「私のせいでごめんね?痛かったでしょ?」
「なんで先輩が謝るんですか?」
「あの人達に私関連で呼び出されてたんでしょ?」
「それはそうですけど…」
「私も何故か分からないんだけどね…。本当になんで自分がここまで持て囃されてるのか…」
「そんなの先輩が綺麗だからに決まってるじゃないですか!」
神楽坂さんはさらに顔を赤く染めながら拳を握りながら言ってくれる。
「ありがとう、神楽坂さんに言われるとちょっと自信つくかも」
「……なんで自分の可愛さを理解してないのか分かりませんよ私はぁ…」
神楽坂さんが小声で呟いているのが聞こえたけど、本当に私はそんなでもないんだってぇ…。
「でも私はあの人達が許せません」
「神楽坂さん?」
「あの人たちは先輩の事をなんにも分かってないんです!なのに分かったような事を言って…。許せません。先輩が私に迷惑なんて絶対言うはずありませんもん!」
「ふふっ」
神楽坂さんは自分の頬に触れていた私の手に自分の手を重ねるとギュッと握りしめてくれる。
そんな神楽坂さんに私は少し愛おしさを感じていた。
「なんで笑うんですかぁー///」
「ふふっごめんね。ただ神楽坂さんが可愛いなって思っただけだから」
「っ!!……ずるずるですよ先輩はっ」
「でも別にあの人達を恨まなくても大丈夫だからね?」
「むぅ……納得はいきませんが先輩がそう言うならそうします…」
神楽坂さんは納得いかない様子でぷいっと顔を逸らしてしまう。
「でもっ!また先輩に危害を加えようとしたら絶対に守りますからね!」
「ありがとね神楽坂さん」
「先輩の言うこと聞くので一つだけわがまま聞いてくれませんか?」
神楽坂さんはモジモジと指先でキラキラとしたオレンジ色の毛先をいじると意を決してお願いしてきた。
「私を芽亜って呼んでください!」
ぷにぷにの頬を真っ赤に染めてそうお願いしてくる神楽坂さんから夕日のような儚さを感じるのだった。
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