1stステージ『このおれが新人アイドルグループのマネージャー!?』

第1話

「ここが、かの有名な『後世代スタープロダクション』か…!」


 都心のオシャレなオフィス街。そのど真ん中にある、どこまでも高くそびえ立つ高層ビルを見上げながら、おれはしみじみと呟く。


 おれの名前は、新田にった あだむ。……あ。今、アダム? なにそれ、変な名前だなって思っただろ。安心してくれ、おれもそう思う。だけど、ネタでもなんでもなく、正真正銘、これがおれの本名なんだ。


 今まで、この奇抜なキラキラネームのせいでどこへ行っても必ず笑われ、肩身の狭い思いをしてきた。その中でも、一番困ったのが就活面接の時だ。「お名前をどうぞ」と言われて、自己紹介した後の面接官の驚いて思わず二度見した時のあの表情と、隣に並んでいた他の学生が小刻みに肩を震わせて、必死に笑いをかみ殺していた様子は今でも忘れない。


 そこで、いっつも出鼻をくじかれるせいか、ギリギリまで就活が決まらず、人生に絶望していたところへ、運良く一社だけ、しかも大手芸能事務所である、あの『後世代スタープロダクション』から内定通知をもらえたのだ。


「…よしっ!」


 ――もう後にも先にも引けない。おれはここで頑張るしかないんだ。

 スーツの襟元をビシッと正すと、おれは意気揚々とエントランスをくぐった。まさか、入社初日からあんなことになるだなんて思わずに。


                △ ▼ △


「あ、新田くん。ちょっと、」


 先輩との挨拶や顔合わせを無事に済ませ、オフィス内をぐるりと一通り案内してもらってホッと息をついたのも束の間、おれだけ呼び止められ、ちょいちょいと手招きされる。


「はい?」


 何だろう…?と思いつつ、おずおずと近づいていくと、その直後に相手から告げられた一言で、おれはピシャリとその場に凍りついた。


「これが終わったら、君だけ社長室まで来てほしいってさ」

「え……なんでですか?」

「さあ? なんか、急ぎの用っぽかったけど…。まっ、とにかくそういうことだからよろしく~」

「ちょっ、待っ…!」


 せめて、途中まででもいいから、一緒についてきてくださいよぉぉ……っ!

 だが、そんなおれの悲痛な心の叫びなどが相手に届くはずもなく、だらりと下ろされた腕とともに、胸にすとんと落ちたのだった。



(おれ、なんかやらかしちゃったかな…? いやいや、でもまだ入社初日だし、やらかすもなにも、まだ何もしてないはず……)


 エレベーターで最上階まで行き、やけに長く感じる廊下をトボトボ歩いて、社長室へ向かう道中、おれはあれこれと考えを巡らしていた。

 だが、いくら自分の胸に手を当てて問いかけても、思い当たる節が全くない。逆に、それが恐怖心を余計に助長させていた。


(原因さえ分かってたら、対処法や謝罪のシミュレーションのしようもあるんだけどなぁ。……はあ、ダメだ。さっぱり分からん。まあ、いざとなったら土下座でもなんでもしよう)


 そうこうしているうちに、社長室の前に着いてしまった。

 おれは最後にスゥー、ハァー…と深呼吸をすると、重厚感のある扉に手を伸ばす。


 ――コンコン。


「誰だ?」

「お忙しいところ、すみません。今日からこちらでお世話になります、新入社員の新田です。お呼びでしょうか?」

「……入りたまえ」


 年の功とはよく言うが、なんで偉い人の声ってこんなに凄みがあるんだろう。今なら、どんな狂犬でさえも牙を抜かれたように、くぅーん…とこの場にひれ伏すんじゃないか?なんて思いつつ、おれは震える声で入室する。


「し、失礼しまーす……」


 中に入ると、五十代くらい? いや、身なりにかなり気を遣っているから若く見えるだけで、ひょっとしたら、とうに六十を過ぎているかもしれない中年の脂がのった男性が立っていた。ひと目でわかる、この人がここの社長だ。


「急に呼び立ててすまないね。さあ、そこへ掛けてくれ」

「は、はい…」


 促されるがまま、黒革のソファーに腰を下ろしながら、おれは辺りを見回す。

 室内はいかにも〝業界人〟の社長室といった感じで、シックだが黒光りした高級感溢れる家具で統一され、かと言って、重苦しくなりすぎないように、都内を一望できる開放的で大きな窓が取り付けられていた。さらに横へ目を向けると、壁際の棚にはこれまで受賞したらしき、数々の輝かしいトロフィーや金の盾が所狭しとディスプレイされていた。


「……さて。今日、キミをここへ呼んだ理由だが、」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 向かいの社長椅子に座るや否や、社長は静かに机の上で指を組んで、本題を切り出す。おれはその場に数センチ飛び上がりつつ、慌てて意識をそちらへ向けた。

 だが、社長の口から飛び出したのは、思いもよらぬことだった。


「今だから正直に言うと、キミを採用するかはかなり上でも意見が割れてね」

「えっ……」

「というのも、キミはこれまで特に目立ったマネージメント経験も、エンタメ業界に関する知識もないだろ?」

「………」


 返す言葉もない。だって、確かに第一志望の業種ではなかったからだ。その辺りを面接で見抜かれていたのだろう。


「だが、我々が一番に求める人材は経験や実績よりも、熱意と意欲を持ったガッツある若者だ。キミには、何がなんでもここで絶対に落ちてなどいられないという強い覇気を感じたからね」


 そりゃそうだ。なんせ、内定0の崖っぷち状況だったんだから。


「そこで、キミの力量を試すために、軽い入社テストをさせてもらいたい」

「入社、テスト……ですか?」

「ああ、そうだ。――キミにはこれから、一から新しい男性アイドルグループを立ち上げて、そのマネージャーの任に就いてもらう」

「自分が、ですか!?」


 おいおい、異例の大出世じゃないか。

 一瞬、舞い上がるおれ。だが、現実はそう甘くはなかった。社長はおもむろに、自身の鼻先に人差し指を突き立てると、静かにこう告げた。


「一年やろう。デビューから一年以内に、そのグループが武道館単独ライブを実現できれば、キミの実力を認める。だが、もし果たされなければ、グループはもちろん、キミも即刻クビとする」

「ク、クビぃぃーー!?」


 両手を頬に当て、渾身のムンクの叫びを披露するおれ。

 しかし、そんなおれを嘲笑うようにフッ…と微笑むと、社長はくるりと椅子を回し、鋭い眼力で天をにらみながら


「…まぁせいぜい、このアイドル戦国時代でも埋もれないような斬新で目新しいグループにしてくれたまえ。期待しているよ」と、背を向けたまま呟いたのだった。

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