ずっといっしょ。

ナ🉑の保ノ火

第1話

─ふふ、私ね、今とっても嬉しいわ。きっと十八年生きてきた中で一番幸福な日。

星羅は目を細めて自身の腹を撫でる。

「私、あなたのママになったのよ。」

─そして、彼の妻に。

彼女は、はやくパパに帰ってきてほしいねと、確かにいるお腹の子に向かって囁いた。


『星羅……俺、お前がすきだよ。』

二年前のある日、不意に告げられたその言葉。彼女が彼をすきになったのは、同じクラスになって初めて顔を合わせたとき。一目惚れだった。けれど、絶対に叶わないと諦めていた。だから彼女はその言葉を聞いたとき、目から大きな粒をこぼしながら笑っていた。嬉しい、私も同じ気持ちだと。彼はそんな星羅をみて「永遠に一緒な」と囁いた。


─彼ね、赤が好きなの。だから、変えたわ。

言葉通り彼女は変えた。お気に入りだった空色のワンピースも、ピンク色のシュシュも紫色の筆箱も何もかも、全部赤色に染め上げた。化粧のいろはも知らなかった彼女は段々とメイクにも手を出しいくようになり、もっともっと彼に好かれるために彼の好みに合わせていった。そんな彼女についたあだ名は「赤子」。

大抵の人間は冷やかしでいっているだろうに、彼女はその言葉すらも嬉しく思った。だって自分の呼び名が「赤子」と、彼の好きな色が入っいてるから。

それにその努力のお陰で、彼にさらに愛されるようになった。喜びで満ち満ちる日々。

彼女は、幸せの絶頂にいた。


そして、十七歳の冬、初めて体を繋げた。

嬉しくて嬉しくて仕方なかった。愛して、愛されることは、こんなにも素晴らしいことなのかと彼女は泣いた。朝目が覚めても隣に彼がいた喜びは、言葉にすら表せない。隣から聞こえてきた彼の「おはよう」で、彼女の朝は世界で一番幸せなものとなった。

だから、あまりにも幸せで最高な日々に酔っていた彼らは忘れていたのだ。避妊具をたとえ着用していても、それは完璧じゃないということを。


「おめでとうございます。妊娠一ヶ月です。」

「え?」

体調が悪く、その上生理もこない。そんな彼女はもしかして、と、産婦人科へ迷わず向かった。診察を終え聞こえた医師の言葉に彼女は思わず耳を疑った。改めて告げられた「妊娠」というワードが、うまく呑み込めないでグルグルと頭の中で渦巻いている。妊娠……

「……赤ちゃん?」

「……はい、そうですよ。」

医師は少しの間を置いてそう答えた。

子ども。愛する彼との愛しの我が子。そんな子が、今お腹にいる。パパも喜んでくれるかなぁと呟きながら、彼女はその事実に静かに涙を流した。



医師は言えなかった。「中絶はどうなさいますか」などと。彼女は母といえどまだ高校生。育児をしていては費用もバカにならないだろう。とても、高校生では荷が重すぎる。何度も妊娠してきた高校生を見てきた医師は、もっと責任を持てと思いながらも中絶の話をしてきた。彼女たちもそれを受け入れた。彼女たちのパートナーも。

だからこそ、話せなかったのだ。心から喜ぶ彼女にそんな酷なことはできない。彼女のパートナーとも話し合いは必要だろうが、例えこれから先彼女が苦労することになっても言えるわけなかった。

医師は、涙を流す彼女をただただ見ていることしかできなかった。



*

「ただいまーって、うぉっ!?星羅?何でここに……。」

「ふふふ、報告したいことがあって来ちゃった。」

彼女は病院を出ると、真っ先に彼の家へ向かった。子どものことを報告するために。合鍵を渡されていた星羅は容易に彼の家へ入ることができた。そして腹を撫でながら待っているところへ、おまちかねの人物がようやく帰ってきたのだった。

「報告したいことって何だよ?」

「驚かないで、聞いてね?……実はね、私──」

──妊娠したの。

彼女は、はっきりと彼の目を見てそう告げた。その言葉を聞いて、彼はこれでもかと言わんばかりに目をかっ開いて星羅を凝視していた。

星羅が、驚いてるなぁ等とのんきに考えていた、その時だった。

「お前何してんだよ!!!何で子どもなんか作ったんだ!?おろせ!病院で予約とるから絶対に!」

「……え?」

目の前の彼は見たこともないほどの形相で一気にそう捲し立てると、出ていけと言いながら、星羅を家の外へ追い出した。ガチャリと鍵の閉まった音がした。が、彼女はそんなことも気にならないほどに驚き、ドアの前へ突っ立っているままだ。

「……どう、して?」

彼女は、きっと彼なら喜んでくれるだろうと思っていた。だが現実は辛いものだった。愛する彼からの拒絶、彼女は悲しさや虚しさよりも、どうしてという考えで心がいっぱいだった。

足元がおぼつかないまま、彼女は漸く歩みを進める。─きっと大丈夫、嘘だよ。そんな考えを持ちながら。



そんな星羅の考えもむなしく、時間は過ぎていった。家族に伝えた星羅だが、皆口を揃えておろせと言う。彼の家族もまた同じ。彼女は、お腹にいるこの子が望まれていないことを嫌というほど知り、毎夜毎夜涙を流した。

それだけでは飽きたらず、彼の態度も豹変した。

毎日電話をしてみるけれど繋がらない。けれど彼は自分勝手に『早くおろせ』などという内容のメールを寄越してくる。彼女はそれも必死に耐え、お腹の子に大丈夫と言うのだった。


だが、そんな日々にも、遂にピリオドが打たれようとしていた。 


妊娠の話を学校に伝え、彼女は一時停学になっている。だが家に籠っておくわけにはいかないと、運動がてらコンビニへ訪れたときだった。

「……は、」

彼女が目にしたのは彼と、星羅の知らない一人の女子だった。彼女はあまりの衝撃に、購入した品が入った袋を落としてしまった。仲睦まじく歩く二人を、星羅は穴が空くほど見つめる。彼女の心の内を支配した感情は、言うまでもなく怒りだった。

「なんで?どうしてなの?」

──その女は、あなたの好きな赤色の物を身に付けてるわけでもない。それに私の方が、可愛いじゃない。ずっと一緒って言ったのは、あなたでしょう?

「ああ、分かった。私の気を引くために、そんなことしてるのね。そんなことしなくてもいいのに。」

──お腹の子も待ってるから一緒に帰ろ。

彼女はそう呟くと、またコンビニに吸い込まれるように入っていった。



*

さっきから後をつけられているような気がする。彼は数分前、また明日ねとガールフレンドと別れて帰路についた。だが、暫く歩いていると別の誰かの足音が近づいてくることに気がついた。怖くなった彼は、遠回りにはなるが人通りの多い道を通り帰ることにし、走って路線を変更した。走り続け、大通りに出る。ここまで来ればもう来ないだろう。そう思って歩みを進めようとした、そのときだった。

「ねぇ、何で逃げるの?」

「っ!?」

彼の視界を奪ったのは、眉をつり上げて彼を睨む星羅だった。彼女は仁王立ちして肩を震わせながら彼を見ている。

「ほら、一緒に帰ろう。この子も待ってるよ。」

そういって腹を撫でる彼女は、何故だか溢れてくる恐怖を煽る材料にしかならなかった。

「っいやだ!誰が帰るか!いつまでも彼女面してんじゃねぇ!」

一目もくれず、彼は大声で目の前の彼女に向かってそう叫んだ。けれど、そう言われたはずの彼女は、何故か口許に笑みを浮かべていた。瞬間、彼は今までにない恐怖で震えた。

「帰らないんじゃなくて、帰るの。」

「は、」

何いってるんだと、続きの言葉を彼が放つことは、もう二度となかった。

きゃぁぁ!と、何処からか悲鳴が上がる。それと同じ空間に響くのは、ぐしゃ、ぐしゃ、とただただ肉を刃物で幾度も刺す音だけだった。

誰かが通報したのか、すぐにサイレンをならして警察がやって来た。腰を抜かしている女性のもとへ寄って事情を聞こうとするが、もはやその必要もなく、誰が何をしたのかは明白だった。

───女の子が、ハサミで男の子をさしてる。

「ふふふふ、ほらあなたの大好きな赤色で染まってるよ。シャツなんて真っ赤ね。」

コンビニで購入したハサミを幾度となく彼へ突き刺す。

「ほら、私の手も顔も赤色になっちゃった。唇にもついてる。またキスしてくれる?」

聞いても勿論反応はない。だが彼女は、彼の血がべっとりついた手で上を向かせ、その唇にキスを落とした。

だが警官ははっとして、彼女のもとへ走る。

「警察だ!遺体から離れなさい!」

そう警官が叫ぶと、彼女はぎゅうっと彼の体を抱き寄せる。そしてその警官をみつめ、にっこりと微笑んだ。びくりと、警官の肩が揺れる。

「なんでですか?私は離れたくないし、離れられません。」

「っ、何をいって、」

警官の言葉を遮るように、彼女は間髪入れず、こういった。


「だって、彼は私に言ったんです。永遠に一緒だって。私も彼が大好きだし、彼も、私のことが好き……いや、愛しているんです。だから、私は彼とは離れられません。」











後に、彼女を逮捕した警官は語る。

あの時、確かに自分は恐怖で震えていた。

けれど、それほどまでに自分が恐怖を覚えた相手は、頬を染めて彼の話を語る、その場に相応しくないほど、ただ恋に、愛にひた向きな一人の女子高生だったと。


これは、彼女の純愛の、ほんの一ページのお話。









































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