第72話 『魔王』ー2

『魔王』。プレイヤーネーム:ヘンダー・ケル。

β版時代からの《イデアールタレント》プレイヤーで彼を知らぬものはほぼないと言えるほど有名な名だ。

VRゲーマー界隈でも実力者として名の知られた『Seeker's』を伸し強烈なインパクトだけを与え、いざゲームが正式リリースした時に迷宮王ダンジョンマスター削除の報せと共に表舞台から忽然と姿消したことにより皆の印象に深く刻まれたプレイヤー。


本人がいないのをいいことにもうゲームやめたの、ジョブ削除に泣き寝入るしただのと好き勝手言う輩も多かったが……俺含む動画の視聴者は彼がそんな玉ではないと知っていた。


彼は自分の有利を決して諦めない。

ダンジョンを作くる際にもどうするれば自分がもっと有利なるかを徹底的に追求し、その結果が『Seeker's』の資源を丸裸にしての返り討ちだったり。

魔王ビルドの紹介動画でだってそう。あの《デンジャラスファーム》の迷路戦術だって彼が自分が最大限有利に戦える状況を切り詰めた結果だったりする。

俺が触れることはなかったが他のクエストなどでも理に詰めに詰めて自分が望むゲーム環境を仕上げていく。


それを常に徹底し続けた結果、その末に迷宮主ダンジョンマスターという最も自分のテリトリーを作るのに適したジョブを見付けたのが『魔王』……ヘンダー・ケルというプレイヤーだったのだ。


だからどこかにあるとは思っていた。自分が一番の得する場をずっと探し求めいるだけで今は息を潜めているのだと。

でもまさかよりによって、ここでこのタイミングで飛び出してくるなんて。契約書にはキャラのネームじゃなくユーザーIDの方が登録されるから気付かなかった。本当になんで今になって……。


「いや、あえて……だよな。このタイミングがもっとも得すると思ったから、ずっと狙っていたんだ」


そこまで思い至り再び仮想スクリーンに意識を戻す。

今9階層をあっさり蹴散らし、10階層に来てる暗黒騎士があの『魔王』だったとかもショックだが……それより問題なのはあの大剣、天賦装備ギフトウェポンのことだ。


天賦装備ギフトウェポン

これは本来『Seeker's』の連中がβ版にあった運営公式イベントから出たレイドボスのドロップ。そこから出た武器種のひとつだ。

その性能は破格で武器にセットしてある天賦……メインジョブを枠を無視して扱えるというもの。

武器にセットされるのがドロップした瞬間決まり、どのジョブかは選べず、成長させるのも普通とは違いクエストでは無理など制約は付くがそれでも強力であることに変わりはない。

だって総合力では落ちるだろが……実質ランクがひとつ上がっているようなものなのだから。


確かあのギフトウェポンにセットされてたものは戦士のジョブ。あのデタラメな身体能力の高さはあれが原因だったわけだ。強化率からしてもしかするとギフトウェポンを転職させているかもしれない。


「今の俺だと勝てそうにないな。仕方ない、ズルもいいとこだが今は追放機能で追い返すして……」

『現在この機能はメンテナンス中のため、しばらくの間ご利用いただけません。詳細はサイトの告知を参照してくさだい』

「はぁ!?」


まさかさっきのでもう監視AIが修正入れたのか! マジでついさっきだぞ!? こういうことだけ対応早すぎんだろ運営ぃ……。


この追放機能があるからこそ今回の件に踏み切っただけに俺の困惑は大きかった。それは本当にこの状況にこれがないと、それだけ大ピンチということでもある。


「あ、はは……どうしろってんだ。こんなの」


『魔王』のランクなんじゃ知らないが、この人のことだ。確実に勝てると思うから出てきたはずだ。じゃなきゃこんな賭けに身を投じるタイプではない。

実際、ここまで圧倒的なレベル差あっては俺だと普通に考えて打つ手なしだ。騙しや小細工が通じるのは自分が付け入る数値をもっている時にのみ通じるものだ。

どんな悪知恵効かせだって自分のDPS以上に回復する敵には勝てない。このゲームにそんなインチキ自己回復はないが『魔王』と俺ではそれと比肩するぐらいの差がある。


時間を稼ぐため再配置した収蔵兎ブロックラビットが繰り出した小手先ごと叩き潰されるのを見ながら考える。


もうダンジョンは薄皮ように破られた。


配置した従魔やキメラは障害にもなれていない。


死亡ペナルティーにより頼れる眷属たちも今はいない。


……何よりもこんな時にいつもケツを引っ叩いてくれるあの白い影が今は、いない。


ベタベタと身を守るため塗りたくったメッキが剥がれて剥き出しなって自分は……この世界でもどうしもなく無力だった。


「もう、逃げるしか……………逃げる?」


どこにだ? いや、だ。

この世界ゲーム、この逃げ場ダンジョンでどこへ逃げていく?

ここが一番俺が譲っちゃいけねー場所だろうが。ここを置いてどこに逃げるってんだ、俺は。


「ここ以外に……もうそんな場所は、ねぇだろがーッ!」


そう叫ぶと何かを振り切ったように俺の足は自然と奥の部屋を出て『魔王』の元に向かっていた。

自分のより頭2つ分は大きそうなその巨体に前に着き足を止める。


「よう、随分とうちのダンジョンを荒らしてくれたな。『魔王』さま」

「……」

「だんまりか。まぁいい、あんたに聞きたいことはあるが俺もお喋りしに来たわけじゃない」


別に勝算出来たわけじゃねー。心意気だけで何か変わったわけでもない。

だが、ここだけは退けないんだ。なら無力は無力なり無いもの引っ掻き集めて抗ってやる……それまで話だ。


「警告だ。どこかに行ってくれないか」

「……混然消去カオスデリート

「それが答えか」

「ッ!」


一応言っただけの俺の警告はそんな声と共に開戦の合図としてばっさりと切られた。

俺程度の耐久だと跡形もなく消え去る威力の、多分魔法攻撃。

だがすでにその時に俺の姿はそこにはなかった。先に自分の『映身』だけ残し魔法で地中に潜ってやつの背後をとっていたからだ。

それに気付いたあちらも真っ向勝負だと絶対反応出来ない超速の反応速度で背後を薙ぐが、それもフェイクだ。間合いから若干離れた位置に『映身』に隠れる形で立っていたので『魔王』が隙きを晒しただけになる。

正直、俺のスピードではどの動作もギリギリもいいとこだったがなんとか上手くいった。


「まず一本!」

「ッ!?」


そのがら空きの胴に渾身の魔法を叩き込むも……が、効いてる気がしない。

実際に『魔王』自身はちょっとよろけただけで痛痒にも感じてなさそうだ。でもこれで確信したことがひとつある。


あの距離からペストに気付くほど高性能の索敵スキルがあるはずにも関わるずこの発見の遅さ……こいつはさてはPSそのものは俺と大差無いな? 少なくともトップ層のバケモノどもほどの器量はない。

『魔王』は映像越しでは苦戦する様子がなく、底が知れないイメージが付き纏っていたせいで気付けなかった。正確には目が行かながったと言うべきか。

あの『Seeker's』相手にも自分のペースを一切譲らず常に余裕を崩さないその姿をいの一番に見てしまったがせいもあって、今日この日に目の当たりするまでこの人は強者という固定観念がどこか染み付いていたんだ。


それが分かっても戦力差が絶望的なのは変わりないが……ほんとにか細いながら、これで少し希望が見えてきた。


「どうした、俺はこっちだ」

「……ッ!」

「どわ!? ええい、見えなからって弾幕とは小癪な!」


『映身』と魔法の連携で居場所を惑わす俺の位置を正確に把握するのは諦めたのか、大まか見当をつけて魔法をばら撒き始める『魔王』。俺と『魔王』では使用可能なコストにも歴然とした差があるから取られる戦術だ。

普通の範囲攻撃とあの混然消去カオスデリートって技は結構溜めがいるみたいだからこういうやり方になったのだろう。

対する俺はゲーム初めにやった砲岩亀キャノンタートルとの弾幕ゲーを思い出しなら『映身』のダミー置きも交えてつつ避けて回る。


やっぱりMPも膨大なのか魔法の量そのものはあのメキラすら越えてるし、こちらのそれなりに情報が知られているからか風属性に偏重してて中々物騒だが……この射撃精度なら避けれない程ではない。それに、この状況は……今だけは都合がいい。


「……ここだ!」

「……なッ!?」


『魔王』が放つ魔法を癖を見極めて、あえてそこに飛び込む。それもわざと意図した体の部位に当てるようにして。


こちらの集中が切れて一発でもいいものが入れば自分の勝ち。

その意識があった『魔王』はこれにより完全に不意を突かれたのか思わず声を上擦らせる。


俺は手足を片方ずつ欠損させながら飛び込む。

それでもお互いの圧倒的な速度差は覆らない。一拍遅れて反応しても余裕があるほどに『魔王』と俺とでは速さに差がある。だからここでもう一手!


「これでも、食らえや!」

「ぴゃ!?」


体から離れまだ消えていなかった手足を石の槍で『魔王』の兜目掛けて突き飛ばし、目眩ましに使う。いきなり飛んできた千切れた手足にぎょっとしたのか。なんか妙な悲鳴が聞こえた気がしたが……それに構ってる暇はなく、ついに『魔王』の懐に潜り込み、横に生えた石槍で無理矢理体を支えて至近距離から魔法を発動する。そこでようやく現状を把握したのか『魔王』も剣を振り下ろし――


―― 俺は鎧の空いている合間の首筋に、『魔王』は肩に掛けての心臓に。


両者それぞれ映画のワンシーンみたく急所に手をかけている状態で固まる。

緊張感が溢れる10階層の空気の中、ここからどうするかと考えを巡らしていた俺に……


「降参!」

「……へ?」


……剣を仕舞い両手を上げた『魔王』はそう告げたのだった。それもその巨体とは似つかわしない甲高いで。






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