第23話 逃げ場

ランクアップクエスト、正式名称は昇格ランクアップクエストと書く。

受注場所は2ndステージのある隠しマップ。入り組んだ洞窟の奥深くの不自然にポツンとある鏡の前にプレイヤーの待機列がある。それに並んでから自分の順番で鏡に潜ればそのマップに入る……


昇格ランクアップクエスト《頂への階・1》を開始しますかYes/No?』



と、ポップアップが出る。これに承諾するとその瞬間クエストの始まりだ。


「……で、もう10回目の失敗と」


魔法のみでやったり、何回かファストにも来てもらったりと一応いろいろ試しては見たけどどうにも上手くいかないな。やっぱPS不足が深刻か……。


「はぁ……ほんっとどうすればいいんだよ。もう日をまたいでいるってのに」


母さんと話してから既に一晩が過ぎた。昨日は落ち込んだり悩みもしたがやることは特に変わらない。

実際その晩の飯が少し安物になった以外に特筆する変化はなく今も俺の日常が過ぎている。うちの母さんはあまりが嘘がつけないたちなので昨日の言ったことに嘘はないと分かる。だから本当に俺が心配することはないし、してもどうにもならない。だた俺がほんの少しものを我慢をすればいいだけ。


「分かっててもここが楽しいもんな……」


あのβ版の動画を見てからのここ数ヶ月本当に頑張ったからかな。思えば何だかんだ俺の人生でここまで熱中したのはこの《イデアールタレント》が初めてかもしれない。

今まではあれは飽きたこれが面倒いってそればっかだった気がする。そして文句をいいながらもそんな怠けた自分に不安と……なにより嫌悪を抱えて過ごしていた。


そんな中でただのゲームだけど、苦労はしたけど、やりたい事がやれて、僅かながら成果が出てこれからって時……。


「ああ、そうか。俺は……現実にない都合のいい逃げ場居場所が欲しかっただけだったんだな」


自分が思ってたよりここが楽しくてやり甲斐があって。こんなの本来ただの遊びでしかないのにそれに縋り付いて。滑稽たらありはしない。


……だって動画で見たあの“魔王”はあまりにも堂々と屈託なくこれは面白そうだろ羨ましいだろってそう笑ってたから。そこに心の安寧を求めていただけだ。


昇格ランクアップクエスト《頂への階・1》を開始しますかYes/No?』

>Yes

「それの何が悪いってんだ」


 

クエストを受諾して人のない別サーバーの特殊エリアに移動するなり、モヤッとしてた胸の奥のモノがこみ上げてくる。


ああ、そうだよ。所詮俺は臆病で根性なしだ。日々の不安を楽しさで誤魔化して塗りつぶして騙し騙し生きてる。

だってしょうがないだろうが、そんぐらいしか体が動いてくれない。仕方ないだろが、心がいつも楽しい方へって楽になれと、その気持ちが振り切れないんだから!


「こっちだっていっぱいいっぱいで生きてんだよ! つーのにあのクソ親父は!!」


思いの丈を吐き出しながら俺は全ての装備を脱いでいく。それだけでなくジョブのセットも全部外す。当然そのあと俺の現状をそっくり映すミラーアバターも同じ状態で現れる。

もう小細工はやめだ。もっともバカらしくて頭悪くてスカッとするやり方でいこうか。


「ったく。自分ながら……美形補正を掛けてもいても湿気た顔だ」


目の前に一瞬でポップした自分のミラーアバタをみてつい悪態をつく。まぁいいか、これからどっちの顔もボコボコなるんだからな。


このクエストの正攻法はもちろんミラーアバタ相手にPSを磨いてAIのパターンを読み切れるほどに実力で上回ること。

だがそれ以外にも邪道と呼ばれる他の攻略法がひとつある。


「お互いのキャラの性能を完全に素っ裸にしてノーガードで殴り合う!」


そこからは俺とミラーアバタの泥仕合が始まった。

ほぼ同時にパンチを繰り出す。同じ身体能力なので当然クロスカウンターで相打ちで両方たたらを踏む。先に立て直したミラーアバタのほうが蹴りを出し俺も同じ蹴りで迎撃してまたお互いのけぞり……延々とその繰り返し。


VR空間内だから肉体的疲労はないが、あっちにはない精神的疲労とAIに操作技術で劣る俺が遥かに不利な戦い。ただな……今日はそんなもんどうでもいいくらいに虫の居所が悪いんだよ、こっちは。


「何より、ここで自分の逃げた場所すら守れねーと……」


もういよいよHPに後がない状況に来てから俺はミラーアバタに組み付き押し倒す。不利な体勢で力が拮抗する故に退けることは出来ず、絡み合ったまま無機質なAIにいるはずもない薄汚い意地だけを執念に変えてしがみつく。


それは愚者の滑稽な足掻き。こんなことしても勝率が上がるわけでもないのにもうガムシャラになっていないと進めないデタラメな蠢き。


でも、それでも……こうでもしないと。


「……もうどこにも行ける場所がねーだろうが!!」


殴って蹴って膝肘を打って引っ掻いて噛み付いて。喧嘩とも言えない醜態をさらして、やれることはとにかく全部注ぎ込んで意地汚く、でもただ真摯にそう叫んだ。


まるでそれが俺の中の何かを外したのかように。ほんの僅かな隙きをみせたミラーアバタに最後の振り下ろした俺の拳がガードをすり抜けて……顔面を潰してそのまま光の粒へと変えた。


昇格ランクアップクエスト《頂への階・1》クリアしました』

『ランクが★から★★に上昇しました、おめでとうございます』


「はは、はははははあー! やった。やってやったぞこんちくしょうがああぁぁーッ!!」


それを見た俺はファンファーレ代わりの咆哮上げた。それぐらい何故か込み上げる気持ちが抑えきれなかったのだ。だからその時とにかく叫んで鳴いてすべてを吐き出すことにした。いや、その時はそれしか出来なかった。


あとに思うと……もしかするとこの日が俺が意味本当の意味で初めて《イデアールタレント》に嵌まり込んだ瞬間であったかもしれない。


_____________________

名前:プレジャー ランク:★★


セットジョブ

ーー:ーー

ーー:ーー

ーー:ーー(NEW)


*装備

上衣:ーー

下衣:ーー

武器:ーー

装飾:ーー

装飾:ーー


所有ジョブ(残り枠1)(↑1UP)

大地術士☆ 魔統帥(ロード) 密偵 盗賊 錬金術師


従魔(眷族2/3)(↑1UP)

ファスト・蹴兎LV30☆

クイーン・女王兎LV30☆

1Fグループ・TN300

_____________________


――――――――――――――――――


・追記



これにて第1層 始動編はここで一区切りとさせていただきます。前からやりたかった掲示板回を一度挟み次からは主人公陣営の大幅に強化するのはもちろん、本格的にトップ層とも絡むストーリーを予定している第2層 躍動編が始まるのでご期待ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る