第22話 自分の現実
「だぁー焦った。良かった横着せずちゃんとホーム機能で部屋を区切っといて……」
モルダードの野郎……もしかするとやるかもと思ってたけどやっぱり一回は壊しに来やがった。部屋が区切られていた間はダンジョンの収入に結構な損失が出たし、区切るのにもゴールドが飛んだがどうにか凌げた。
今度俺が何をしたのか、そう大した事はしていない。ボス部屋の壁の一面を一時ホーム範囲から外し魔法でそれっぽい扉を作ってホームにし直しただけだ。
ドロップした石も本当にただの石を削っただけだし、扉の窪みと同化したのもずっと扉の内側にいた俺が魔法で取り込んだだけだ。今頃込めた魔力が切れてぺっと扉から吐き出されることだろう。なおデザインは時間が無かったからホーム機能のショップにあるやつをいくつか適当にとって付けただけだ。
ゲーマー心理を逆手に取ってさも“周回しないと進めないよ”って感じ見せかけはしたものの……流石にこのままだとそのうちバレるよな。かなり雑な仕事だし探ればいくらでもボロが出る。何より高レベル・ランクの鑑定士ジョブが来てしまうとそれもヤバい
「理想は……早くランクを上げて『擬態』を強化することだな」
今の枠は2つでホームのマップ表示と従魔の名称マーカーを一括に使っている。密偵には魔法使いや生産者みたいな派生はなくセカンドジョブがいくつかあるだけだ。その中で狙っている『擬態』を特化させる転職先はクエストの内容的にランクを上げてからが望ましい。現在の俺のスペックだと序盤はともかく後半が続かない。
「要するにダンジョンの絡繰りがバレたくなかったらトップになれってか……はは」
自分の言に呆れたのか何なのか掠れた笑い声が漏れる。だって俺がゲームとはトップクラス?あんまり想像が付かない。
はっきり言うが俺はただの凡人だ。
どっかの主人公たちみたいなリアルチートみたいな真似は出来ないし、ものすごい根性や夢がある訳でもない。
だたちょっとかっこいいな楽しそうだなってゲームのジョブが目に止まってここに来ただけの、そんなどこにでもいるユーザーのひとりに過ぎない。
「その点あのモルダードは俺なんかよりずっと凄かった」
モルダードの動画でも見たことなかったバフなし状態を見て俺は心底驚いた。アバターはリアルの体とかけ離れる程に操作難度が跳ね上がる。きっとあの小さな体であんな大きな体に慣れるだけで苦労したことだろう。なのにあんな自在な肉体変形を平然としている。
それこそ俺が想像も付かない苦痛があったはずだ。才能があろうが無かろうが定形の存在である以上こればかりは逃れようがない。
本当に才能があって常に努力を怠らない本物の天才。あんなのと肩を並べろって?
「はぁ……冗談きっついなもう」
「きゅう」
「あ、悪いなファストほったらかしして」
「きゅう~」
「俺を慰めてくれるのはお前だけだよ」
クイーンとか飯食って今も寝てるし。ったくダンジョン最大のピンチだったってのに呑気なやつだ。うんでもファストをもふもふしてクイーンの寝顔みたりして少しは元気出た。
うん、やるだけのことはやってみることでひとまずはよしとしよう。
「あ、そういえば今回のボスに使ったあのキメラ……正式5階層のボスするか」
何か侵入阻止のヒントが無いかと『快食屋』の戦闘を見ていた結果創れたあのキメラだ。モルダードはある意味この《イデアールタレント》で最も肉体改造に精通したプレイヤーだ。だから彼のノウハウはキメラの肉体構築にも応用が効いた。多分双方似たような制御システムが流用されているのだと思われる。
「モルダードで改造の限界とか分からなかったら関節逆に曲げるあれとか加減間違えて脱臼か最悪そこから足で千切れて……うぅえ」
グロ表現はぼかしたゲームとはいえあんまりの光景が脳裏に浮かび思わず身震い。まぁあのキメラ、名前を
『快食屋』見つけてから急造したにしてはいい出来だったけれど、これでもまだまだ俺が考える理想像には程遠いので仮にということになる。成功体験は出来た、この経験を生かしてどうにか次のボスはもっと完成度を高めないと。
「……今日はどっと疲れたな。よし今日は早めにダンジョンを締めて落ちよ」
諸々の下準備を済ませてあまり不自然にならないように1時間刻みの定刻きっちりまで待ってから……ホーム機能で自分以外のプレイヤーを一括で放り出して入場を禁止、入り口を閉めてっと。
「それじゃファスト、クイーンもまた明日な」
「きゅう!」
「ぷきゅ」
2匹の眷属の鳴き声を背にゲームの世界からログアウト。ヘッドギアを外し外を見る。夏だからまだ日は高く夕食までも少し時間がある。
「うーん、微妙時間余ちゃったな」
仕方ないのでゲーム中にベットの中で掻いてた汗を流してから部屋に戻る。それから飯時まで《イデアールタレント》関連の情報を集めながら時間を潰した。で、時間なって食卓に出た訳だけど……なんか変な空気が流れていた。
正確にいうと母さんの顔色が暗い。体調が悪いとかではなくなんか気まずいような後ろめたいようなそんな感じの顔だ。
「……あら、今日は早いのね。最近のあんた呼ぶまでいつもゲームしてたのに」
「ちょっと疲れてたから早めに切り上げたんだ……何かあったの母さん」
「そう、ね。実は大した事ではないのだけれど。この間大金が掛かることがあってね。少しほんの少しね? 生活費を切り詰めるなきゃなの……だから当分はお小遣いとか出せそうにないわ。ご飯も少し質素なものなると思うけど、ごめんなさいね」
「え、あ……うんそれは仕方ないけど。どれぐらい間?」
「それは……」
端切れ悪い口調、泳ぐ瞳、額に浮ぶ若干の冷や汗。この反応には見覚えがある。そこで気付いてしまった。また……あいつか。
「母さん……また父さんが来たのか」
「っ!」
「まさか金貸したりわけじゃ」
「違うわ! それは違うの……離婚したのよ、あの人とは」
「ほ、本当!? じゃあもうあい、父さんに会うことないんだよな。良かった……」
「でも……慰謝料を払うことになってて」
「は? なんでだよ! そもそもあいつが……!」
「母さんだって訳分かんないわよ! 何故か私が職場の上司浮気してるなってて、ただ打ち合わせしていただけの写真が証拠品に捏造されてるしてるで……」
俺の家は今は母子家庭だ。原因は俺がまだ小学生の時に父親のあいつが知らないうちに借金を作って持ち家を売り飛ばして自分だけ夜逃げしたから。幸いその時は偶然地価が上がったとかで家が思ったより高く売れてどうにか借金は返済出来て被害はなかった。
だがあいつに銀行の金まで全財産をスられた俺と母さんは一夜にして無一文の宿無しとなった。それを幼い俺を連れて母さん必死に安賃金の部屋を探したり仕事を増やしたりとどうにかしてここまで持ち直したのに……またあいつは……。
と、そこまで考えたところで母さんの姿が目に入った。よく見るとさっきより顔色が悪く憔悴が気配が濃くなっている。いけない今辛いのは俺なんかより母さんほうだ、だというのに俺は……。
「……いいよ、落ち着いて俺が悪かった。ちょっとカッとなってた。それより慰謝料を払えば父さんとはもう縁を切るってことで……いいんだよな?」
「え、ええ……それは大丈夫。今後、
母さんどうやら離婚関係の際には持ち出せなかったが、あいつの後ろめたいことの証拠はずっと集めていてそれで弁護士協力の元に誓約書を書かせたらしい。どうやら母さんも指を咥えて待ってたわけじゃなかったようだ。
「そっか……なら俺が言うこと何も。母さんこそ大変だろう仕事とか大丈夫なの?」
「もう子供がそんなことまで気にするんじゃないの。とにかくお母さんことであんたが気を病む必要はもうないから、ね」
そんな訳はない。見た感じ概ね話に嘘は無さそうだがきっと母さんはこれから色々大変だろう。でも……だらかって今ただの学生の俺に出来る事はなにもない。
「うん、わかったよ。それじゃ夕飯もう食べたい。さっきから腹減っててさ」
「あら、ごめんなさい。今おかず持って来るから先にご飯よすっててね!」
ならせめて言う通りに不安な顔を見せないしようとそう思った。
◇ ◆ ◇
……のはいいんだけど。
落ち込むのも気分が悪いのも変わらない訳でして。もふもふに癒やされるために飯食ってうちのホーム兼ダンジョンにまたログイン。
「ったくあのクソ親父」
「きゅう?」
「なんでもないよ。よしファストこっちに来い。ブラシでもしてやろう」
「きゅう~」
はぁ~癒やされるは。やっぱりここが一番落ち着くな……。
「でもどうしようか。これからの月額料金」
VRMMOは基本有料だ。無料なところなどは手で数えるぐらいしかなく大体ゲームの質が悪い。VR空間と何万人脳という膨大な情報リソースを制御するサーバーがそんな安上がりで出来てるはずもないのだから当たり前だ。
本来ならお小遣いをちょっとづつ貯めて払うつもりだったけどその線は潰えた。バイトでもするか? でもうちの高校確かバイト禁止だったような……バレなけばどうにか。いやいやもしもがあったりしたら家に迷惑が……。
「だぁ、分かんねー! 気晴らしに彼処でも行くか」
目指すは街中にあるランクアップクエストの待機場だ!
――――――――――――――――――
・追記
先に明言して起きますがこの手の展開は今回限りです。
今回は展開上仕方なく入れましたが雰囲気が重いのは作者も苦手ですしね。
やっぱりこれからはもっと気持ちのいいもので魅せる発想力を身に着けたいですね……
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