第110話 強者だから悩むこと

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息を吸う度に苦しく、息を吐く度に倒れそうだった。

 これほどまでに吐血したのは初めて。いや、吐血したこと自体、タローにとっては未知の体験であった。


「苦しそうだね」


 と、ここまでのダメージを負わせた張本人であるムサシが、冷めたような口調でそう言った。


「血、吐くのなんて初めてだよ。俺の初体験持っていきやがって……腹立つわ」


 タローは強がりながら口を開いた。

 実際このような戦いの真っ最中でなければ地べたに這いつくばって叫びたいところであったが、タローの負けず嫌いな性格が災いし、何とか平静を装っている。

 ただ、そんな擬態などムサシはすぐに見抜いていた。


「だったら……リタイアするかい?」


 ムサシはどこか冷たい表情で呟いた。

 そもそもムサシが最後に第四段階フェーズ・フォーの『防御貫通』を使用したのは5年も前だ。

 憤怒の魔剣サタンを扱う訓練中に成功させて以来、もう使用はしていなかった。

 スキルで身体は強化できるし、何なら素の状態でも十分に戦える。

 断罪執行サタナエルで魔剣以外は何でも切断できるため、貫通も必要としなかった。

 だからムサシは今まで全力というものを出したことが無かったのである。

 いつも、全力を出す前に決着するからだ。


(君も、終わるのかい?)


 本気で戦いたい。

 だが期待はしない。期待したらした分だけガッカリするから。

 暗い表情のままタローの返答を待つ。

 そして、タローはゆっくりと口を開いた。


「え、なんで?」


 目を点にして訊き返した。

 まさかの期待通りの答えにムサシは少し動揺してしまう。


「いや、だって君、重症でしょ?」


 ムサシはタローの強がりを見抜いている。だからこその気遣いであった。

 しかし、タローはふらつきながらも立ち上がる。


「だからさ……俺は100億貰いに来たんだよ。リタイアしに来たんじゃないんだよ」


 怠惰の魔剣ベルフェゴールを杖代わりに体を支えてはいるが、その目は死んではいなかった。

 むしろ今まで以上に闘志が漲っているようにも見えた。

 それが、ムサシの心に灯をともしたのだった。


(初めてだな……こんなに滾るのは!)


 ずっと、すぐに壊れてしまう玩具で遊んでいたような気分だった。

 本気を出さずして勝ててしまう、ある意味の不幸。

 それが今日、目の前にいる相手が変えてくれるかもしれない。

 そんな期待に胸を膨らませると、ムサシは楽しくて仕方がなかった。


「やっぱり面白いよ、君は!」


 再びスキルを発動し黒衣を身に纏った。

 タローも呼吸を漸く安定させると、今まで以上に魔力を身体に付与し強化した。


「さぁ、第2ラウンドだ」


 ムサシは豪速で突き進むと、タローの前で高く跳んだ。

 空中で二本の憤怒の魔剣サタンを逆手に持つと、猛獣の牙のように鋭く穿つ。


十二侍神じゅうにじしん/寅の刻とらのこく!」


 重力を利用しての強力な突きに、タローは怠惰の魔剣ベルフェゴールで受ける。

 が、やはりダメージが響いており足元がふらついてしまう。


「うぐっ!」


 後ろに下がりバランスを整えようとするが、ムサシはそれを許さない。

 タローの足元に着地した瞬間に順手に持ち替えると、そのまま跳躍して斬りかかる。


十二侍神じゅうにじしん/卯の刻うのこく!」


 ジャンプしながら両刀で切り開くように振るわれた斬撃。

 それでもタローは反応して魔剣を中段に構えて防御し、それを回避した。


「まだまだ行くよ」

「まったく、ちょっと休ませてくれんかねー?」

「却下だ!」


 うわぁ……と苦い顔をするタローに、ムサシは楽しそうに剣を振るい続ける。

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