第99話 満腹少女
無慈悲なる暴食が振り翳されようとした。
少女が自身の勝利を噛みしめ、ニヤリと笑った時だった。
突如として、口の中に鉄の味が広がったのだ。
「……な、に……?」
口ではそういうものの、答えは出ていた。
かつて母に歯向かい、頬を力強くぶたれたときに、良く感じていた味。
――"血"の味である
「――がふッ!」
口の中を埋め尽くすように溢れた血液に、アリスは思わず吐き出した。
一度や二度では収まらず、それは三度、四度と吐き出したのだった。
(……なに? なにがおこったの?)
その異常事態に混乱しつつも、アリスは原因を考えた。
すると、手に持っていた
「……
ドックン!……ドックン!……
辺りに鳴り響く鼓動。
これほど音を立てているところは見たことが無い。
だが、その原因はタローの一言で判明することとなる。
「やっと、腹いっぱいになったみたいだな」
肩の力を抜き、安心したように口にした。
アリスはその一言から、かつての所有者であるアンブレラの言葉を思い出した。
それは、初めて渡されたときに注意されたこと。
『
アンブレラの言葉を思い出すと、アリスはドっと汗が噴き出た。
かつては『満腹』というものに縁遠いと対して気にもしなかったが、今回ばかりは心当たりがある。
何を隠そうスキル:
このスキルの能力は触れた相手のステータスを食べることで、ステータスを低下させるというもの。
そして今重要な点は、『ステータスを
このスキルは、アリスの食欲と直結しているのである。
つまり、このスキルの
さらに
アンブレラが言ったように
ゆえに
アリスはこの戦いで初めて"スキル"と"魔剣"を同時に使用した。
魔剣により食欲は失われ、スキルにより胃袋も満腹となり食欲は徐々に薄らいでいく。
その結果、普段の倍以上のスピードで食欲は摩耗し、
「……そんな、ありえない」
初めての感覚に呆然とするアリスに、タローが言葉を続ける。
「言っただろ――『お前のちっぽけな食欲を超える、ヤベェ怠け者がいる』ってな」
その言葉を口にしたとき、勝負は決した。
アリスの食べたステータスは、食べすぎにより吐き戻される形でタローへ返還されていく。
膨大な量ゆえすぐにとはいかないが、今も徐々に徐々にとステータスは戻っていった。
一方アリスは苦しみに藻掻きながら地に倒れ伏している。
スキルの影響により体力は消耗し、もはや動ける状態ではない。
これから回復していくタローと、もう動けないアリス。
形成は完全に逆転したのであった。
(……そんな……アリスがまけるなんて……)
これまで食べられなかった分、たくさん食べるために冒険者になった。
その思惑通り、少女はたくさんのモンスターを狩り、たくさんの味を知った。
甘未、旨味、辛味、苦み……いろいろな味を知ることができた。
それだというのに、満腹になることで敗北を喫するとは、なんという悲劇。
いや、もはやそれは喜劇とも言えるかもしれない。
実に皮肉、実に愉快。
何とも言えない思いに、アリスはただ空を見上げたのだった。
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