第93話 その瞳に映るのは……

 強化した視力で目の動き、予備動作や足の運びを見た。

 強化した聴覚で鼓動や、足音を察知した。

 強化した触覚で空気の揺れ、高速移動で発生した風を感じた

 これらの力を駆使し、レオン・フェルマーは強者にも打ち勝つことができた。


 だが今回は違う。


(マズい……まさに想像以上の怪物だ)


 ムサシの力は、それ以上であった。

 動作から次の攻撃を予測しても、それを遥かに凌駕する速度で動いてくる。

 仮に防御が間に合ったとしても、斬撃の重さが反撃を許さない。


「もう隠す必要ないならドンドン使っちゃうよー!」


 アルバートはトラップ魔法を半径10メートルに次々と設置していく。

 落とし穴、地雷、ワイヤートラップ等を合計1020個。

 もはや足の踏み場もないほどの数だ。

 これで、少しはムサシの動きを制限できるだろう。

 そう考えていたのだが……


「――悪いけど、罠の感覚は覚えたよ」


 領域に踏み込んだ瞬間、ムサシは罠を高速の斬撃で無効化していった。

 ワイヤーや地雷、落とし穴までも次々と斬り伏せる。

 憤怒の魔剣サタンの固有能力である断罪執行サタナエルは万物を斬る刃。

 落とし穴と言えど、魔法で作られたのなら斬ることは可能なのだ。


「っく~~~~凄すぎだよムサシっち!」


 あっという間に半分以上斬ると、三度レオンとアルバートに接近する。


「さぁ、次は対応できるかな?」

「どわぁ~~~! レオンちゃんヤバいよぉ~~~!!」


 鬼気迫る勢いで向かってくるムサシに、アルバートは慌てふためいた。

 そんな中、一人冷静な男がいた。

 もちろんレオンだ。


「落ち着きなさいアルバート」

「れ、レオンちゃん! もしかして何か作戦思いついたの!?」

「いえ何も」

「思いついてないのかよー!?」


 まるでコントのようなやり取りをする二人に、ムサシは噴き出す。


「ははは、面白いなぁやっぱり!

 ――でもゴメンね」


 願わくばもう少しだけ見ていたいが、これは戦闘だ。

 レオンとアルバートの秘密を知れたムサシに、もう遊ぶ理由は無い。


「――これで決着だ!」


 トドメの一撃を振るおうとするムサシ。

 敗北必死の状況下で、レオンの頭の中では、走馬灯のように過去が駆け巡っていた。




 天才、神童と呼ばれていたこと。

 才能を妬ましく思った同級生に虐められたこと。

 そんないじめっ子を見下したこと。

 馬鹿が嫌いで飛び級したこと。

 国を良くしようとスパイ活動を始めたこと。

 稼いだお金を恵まれない子供や家庭に人知れず寄付していたこと。


 仕事を任せた部下がしくじったこと。

 そのせいで、罪の無い子供たちが亡くなったこと。

 自分なら救えたはずだと嘆いたこと。

『人に任せた』という自らの愚行に嫌気が差し、自殺しようと考えたこと。


 この世界に来たこと。

 魔王と出会い、立ち直ったこと。


 今度こそ、自分の手で平和を築くと誓ったこと。




 ――全ては、より良い未来のために――




 ・・・


 ・・・・・



 ・・・・・・・





 黒い魔力に覆われた刃が迫る。

 勝利へ王手をかけていたのはムサシだった。


 ……そのはずだった――



「より良い未来のために……私はこの力を使う――」



 小さく発したその言葉。

 声の主はレオンだ。

 しかし、その言葉を聞いた刹那――ムサシは攻撃をやめた。


「――っ!?」


 ムサシは動きを止め、自分の喉元に目をやる。

 そこには、傲慢の魔剣ルシファーの刃が残り数センチのところで止まっていた。


 もし、あと一歩でも踏み込んでいたら――


「れ、レオンちゃん……」

「……とうとう使いましたね――奥の手」


 レオンの変化に、アルバートとムサシは気付いた。

 スキル使用時、赤い瞳は白へと変わる。


 だが今、その瞳の色は"白銀"に輝いていた。


「ムサシくん……悪いが、もう少しだけ私に付き合ってもらいますよ」


 その瞳に映る"結末"に、レオンは目を細める。

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