第84話 恨み、否定し、憎んだ力

 身体を青き炎に変化させ、タマコは何とか命の危機を脱した。

 それだというのに、タマコは目を見開いたまま動かない。


「マリア……大丈夫?」


 エリスが話しかけるが、タマコに反応は無かった。

 散々忌み嫌い、憎み憎んだ力。


(決めたのに……絶対に使わないと誓ったはずなのに……――)


 頭に母の顔が浮かぶ。

 いつも笑顔で抱きしめてくれた愛する母親。

 けれどある日、そんな母が暴力を受ける姿を見てしまった。

 母は強い。だというのに反撃すらしない。


 母はいつも言っていた。


『あなたの父はとても優しかった』

『父は私たちを守って死んだ』


 守って死んだ。


 だから何だというのだ?


 ならば何故、母は傷ついている?

 死んで守ったのに、何故母は死にそうな顔をしている?

 何故そんな母を、あなたは助けないんだ?


 ……死んで守るだと?


 ふざけるな! そんなのただの自己満足だ!

 守った気になっているだけだ!


 守りたかったのなら――


 なぜ死んだのだ――


 私は父を許さない……

 私は父を認めない…‥


 父の力は……使わない――



 父の存在を嫌った。

 父の力を否定した。

 父の血を憎んだ。



 けれど、死を予感した身体が求めたのは――父親の力だった。


 嫌い、否定し、憎んだ力。


 あれほど憎んだ血が、自分の中に流れていることを改めて認識させられた。


(私は……もう――)


 葛藤するタマコであったが、それを許してくれるほど優しい相手ではない。


子豚殺しの吐息ハウジング・ブレス!」


 魔王の放つ暴風のような息吹。

 アンブレラはそのまま時計回りに回転し、周りの木々を根こそぎ吹き飛ばしていった。


「落ち込むのは後よマリア! 今は敵に集中して!」


「――ッッ!?」


 焦りから声を荒げるエリス。

 しかし不幸中の幸いか、その声がタマコの意識を現実へと引き戻すことに成功した。

 暴風が自分たちの隠れた木を吹き飛ばす寸前、それぞれ左右に別れ飛び出した。


「ソコニイタノカ!」

「殺そう殺そう!」

「今夜は……フェニックスの唐揚げよおッッ!」


 動く二人のヴァンパイアをすぐさま捉える。

 だがアンブレラが狙ったのは、タマコのみであった。

 エリスには目もくれず、ブレスをタマコに集中させる。


「はぁ……はぁ……ぐっ!」


 地上で走っては追いつかれると判断し、タマコは空中へ飛び立つ。

 背中からヴァンパイアの羽を出現させると勢い良くはばたかせた。


「あらあら、フェニックスの羽でなくていいのかしら?」

「ナンダカシランガ、ツカワンラシイナ」

「どっちでもいーよ! はやく殺そー!」


『殺意』のアンブレラの言葉を採用すると、『母性』は爪同士をガキンッ!ガキンッ! と二回打ち鳴らした。

 大きな火花が起こると、それを口に入れ火種を大きくする。

 放つのは色欲の魔剣アスモデウスの能力を打ち破った炎の息吹・強火ファイアブレスだ。


「――音速移動ソニック!」


 迫りくる業火を相手に、タマコはヴァンパイアとしての魔法で回避。

 だがアンブレラは音速の動きを目で捉え、追撃の炎を放っていく。


「――しつこいのぉ!」


 タマコは何度も音速移動ソニックを発動し対応する。

 回避し、炎が来ると魔法を発動し回避、また炎が迫り回避……。


「はぁ……はぁ……」


 膨大な魔力を持つタマコだが、ラン・ジード戦では魔法を何度も使った。

 シャルルの回復で身体の傷は癒えたが、失った魔力までは回復しない。

 そして更なるアンブレラの圧倒的パワーに、魔力は4分の1を切ってしまった。


「――ちょっと、無視しないでくれる!」


 タマコがもう一度ピンチに陥ると、エリスが魔剣をアンブレラに突き立てた。

 刃に纏うのは、空色のオーラ。


「もう一度凍りなさいッッ!」


 刃で触れた相手を凍り付かせる"失恋波動"。

 これでアンブレラの動きを封じようとする。


 が、そう簡単にはいかない。


「オナジワザハ――」

「きかないよーだ!」

「んふふ! あなたを料理するのは後よ」


 アンブレラは冷気を感じ取った瞬間、全力で身体を振動させ、体温を一気に上昇。

 氷結で動けなくなることを防いだのである。


「ウソでしょッ!?」

「バケモノがッッ!」


 エリスとタマコは思わず驚きの声を上げた。


 これが古き魔王の力。


 魔剣を持っていたとしても、それを覆してしまう。

 魔剣がであっても、の能力ではないことを思い知らせるには十分であった。


「ほらほらよそ見しないの!」


 アンブレラの猛攻は続く。

 身体を振動させているが、炎の息吹は止まることを知らない。

 一瞬だけ気が緩んだ隙を狙い、音速で動くタマコを撃墜させた。


「さあフェニックスの姿になりなさい!」

「ハヤク喰イテェ!」

「殺したかな死んだかな!」


 アンブレラが期待したのはタマコのフェニックス状態。

 しかしそれは叶わず、タマコは身体を変化させることなく地上へ身を叩きつけた。


「――がはっ!」


 炎と落下の威力に吐血するタマコ。

 それを不思議そうに思い、アンブレラは首をかしげた。


「あなた何故不死鳥の力を使わないの?」

「バカナノカ? バカナノカ?」

「はやく死にたいならそういえばいーのにー」


 散々なことを勝手に言うアンブレラに、タマコは腹を立てる。


「五月蠅い! あの力は使わない!」


 声を荒げるタマコだが、心の底では理解していた。


 ――出し惜しみをして勝てる相手ではない、と。


「あなたがそれでいいなら何も言わないけど……」

「シヌゼオマエ?」

「殺そー殺そー!」


『殺意』の首は一つ咆哮する

 それだけで、タマコとエリスの体に鈍痛が響いた。




「貴方たち――それで私に勝てるかしら?」




 まだまだ余裕のあるアンブレラの、隠された力に二柱の魔王はさらに戦慄した。

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