第82話 タマコ & エリス vs アンブレラ

「生きのいい食材は嫌いじゃないわよお!」


アンブレラは色欲の魔剣アスモデウスにより破壊された巨大包丁を投げ捨てる。

おそらく盾と思われるまな板も使用前に収納魔方陣に戻し、素手の状態となった。

武器を手放し戦力も減る、というわけではない。

それでどころか、凶暴な雰囲気は凄みを増しているようにも思えた。

タマコとエリスはそれを感じ取り、より一層警戒をする。


(魔王アンブレラ……コイツは――)

(なるほどね~。武器無しそっちが本来のスタイルと……)


互いに黒弦刀と色欲の魔剣アスモデウスを構え直し視線を外さない。

すると、突然タマコの身体が優しい光に包まれた。


「これは――」


タマコは驚くが、取り払うことはしない。

その光の正体が、シャルルのスキルによるものだったからだ。


「『治癒』――魔剣のケガも回復できる能力です」

「シャルル……感謝するぞ!」


前回の戦闘時、タマコも少なからず嫉妬の魔剣レヴィアタンの攻撃を受けていたタマコ。

少しとはいえ魔剣のダメージだ。

例外は無く、ダメージはタマコの身体に蓄積されている。

シャルルは回復師ヒーラー。それもSランクの、だ。

タマコの動きから蓄積されたダメージを見極め、回復を促したのである。

これで全快したタマコと体力満タンのエリス。

二柱の完全に魔王が揃った。

けれど、まだ決して油断はできない。


「せっかく回復したところごめんなさいねえ!」


アンブレラはそう言うと、目に見えるほどの青いオーラを迸らせる。

全身の毛並みが逆立っていき、もともと大きい図体がさらに肥大化していく。


「またすぐにケガさせちゃうわッッ!」


着ていた服が破けていく。

体毛は灰色から黒へと変色し、首の左右付け根から新たな首が生えていく。

変化が終わると、真っ黒な見た目から覗くサファイアブルーの瞳が三人を捉えた。


三頭変さんずがわり――ケルベロス!」


現れたのは、冥界の守護者である地獄の番犬。

蛇のように長い尻尾、全てを切り裂く鋭い爪、並みの武器ではキズ一つ付けられない毛。

そして、三つの頭からそれぞれ生える無数の牙。

Sランクを超える超危険モンスターが立ちはだかった。


「ハハハ……マリア~、逃げたら恨むからね~……」

「……恨まれるのはお前かもしれぬぞ?」


余りの迫力に、二柱とも乾いた笑みを浮かべた。

ちなみにシャルルはずっと「はわわわわぁ~……」とビビりまくっている。

その姿を、三つある頭の一つが見ていた。


「アノ女、美味ソウダネェエ……サッサト食ッチマオウゼッ!」


声はアンブレラ。

しかし、その言動は先ほどとは似ても似つかぬものだった。


「ひ、ひぃ~……」


ガタガタ震え怯えるシャルルに、今度は左の方の首が声を上げる。


「まだくうなよぉー」

「ア゛ァン?」

「まずは、うでから噛みくだいてー、それからあしを貪ってー! ――ひめいをきいてから殺さないと!」


子供の用に無邪気に喋っているが、この左の首は残酷に殺すことが大好きなようだ。

さすがのタマコとエリスも目を引くつかせていた。

そして当の本人は――


「――…………………………」


泣きながら白目を向いて気絶してしまった。

もともと弱メンタルなシャルルだ。

この恐怖はさすがに耐えられなかった。


「まぁ、あの子にしては頑張ったほうよ?」

「よいよ。回復してくれただけ有難い」


エリスは気絶したシャルルを木陰に移動させた。

良い子なのではあるが、気絶状態ではさすがに庇いきれない。

彼女には後で活躍してもらうこととしよう。


「あらあら、お嬢さんは大丈夫かしら?」


真ん中の首がシャルルの心配をした。

言葉遣いから先ほどのアンブレラだということが理解できる。

どうやら左の頭が『殺意』、右が『食欲』、真ん中が『母性』を持っているようだ。


「心配ない。続けよう」

「挑ませていただきますよ~。魔王アンブレラ?」


言葉を受けると、アンブレラもそれに応える。


「ええもちろん!」

「殺してやりたかったなー!」

「ハヤク食ワセロォオオオッ!!」


互いに睨みあう両者。

タマコとエリスは相手の動きを観察し、カウンターでの攻撃を狙う。

それを察したのか、先に動いたのはアンブレラであった。


「まずはきみから殺そーかなー!」


左の首である『殺意』が狙ったのはエリスだ。

図体に似つかわしくない速さで動き、エリスを噛み砕こうと距離を詰める。


「フフフ、あたしったら人気ね~♡」


エリスは背中に羽を出現させると、空中へ飛んで回避した。

そして空中からの落下速度を加えて全速で色欲の魔剣アスモデウスの刃を体表に突き立てた。


「あらあら!」


だが気付いた『母性』が瞬時に体毛を硬化。

色欲の魔剣アスモデウスの刃は身体に通らなかった。


「さすが古き魔王――けれど!」


普通の刃なら意味は無いが、色欲の魔剣アスモデウスは違う。

触れさえすれば能力が発動できる。

刃に空色のオーラが纏われ、その技が発動した。


「失恋波動!」


叫ぶと同時に空色を纏った色欲の魔剣アスモデウスから強烈な冷気が発生する。

その冷気は一瞬でアンブレラの身体を凍り付かせた。


「あらあらあら!?」

「こ、これは……」

「ウ、動ケネェゾ!」


身を動かせないアンブレラ。

間違いなくその技は効いていた。


「マリア!」

「あぁ!」


タマコは黒弦刀の弦を弾くと、動けないアンブレラの身体を更に縛り上げる。


音鎖弾奏ロック・ミュージック!」


それは見事に決まり、より動きを封じることに成功した。

しかし油断はできない。

今は動きを封じられていても、アンブレラの実力なら数秒で解くだろう。

何としても、この瞬間に勝負を決めなければならなかった。


「やるぞエリス!」

「了解!」


タマコは振音バイブレーションを発動し黒弦刀の切れ味を上昇。

そしてエリスは色欲の魔剣アスモデウスを黒弦刀の刃に触れさせる。

刃の温度は急激に上昇し、赤く熱された。

その状態で発動するのは得意技、死への行進曲デス・マーチである。


情愛の行進曲デッドヒート・マーチ!」


超高熱+音速の突き技+音の振動による切れ味の上昇だ。

攻撃力は格段に上がっている。

タマコの刃は真っすぐにアンブレラの心臓を捉え――


「「「嘗めるな!」」」


刃が触れる寸前、アンブレラは全身の毛を針のように尖らせた。

そのまま黒弦刀とぶつかり合うと、激しい火花を散らせる。

そして、それがアンブレラの狙いだった。


「料理で火の扱いは注意が必要よお!」


全身の毛により音の鎖はすでに破壊されている。

少し自由になると、アンブレラは飛び散った火の粉を口に入れた。


「――強火ファイアブレス!」


口の中で火種を大きくし、口から強力な炎の吐息を吐く。

そしてその熱で凍っていた身体をみるみる溶かしていった。


「うそでしょ!?」

「チッ、やはり一筋縄ではいかぬか!」


トドメを刺せないと判断し、タマコは攻撃を中断し一度退こうとする。

しかし、それを古代の魔王は許しはしない。


「マズ、ヒトリメダァァアアア!!!」

「――マリアッ! 避けてッッ!」


拘束が解かれた番犬は、すぐさま身を翻しその爪を振るった。


(しまっ――)


眼前に迫る凶爪がゆっくりに見える。

それなのに、身体は一向に回避を使用とはしなかった。


――確実に、死は迫っていた――


音速移動ソニックで避けるか? いや間に合わない。どうするどうすればい諦めるかどうするどうするどうする――)


焦りで正常な思考ができない。

何を考えても、辿り着くのは敗北と死。

もはやこの場を回避する手立ては一つもなかった。


(すまぬエリス。すまぬシャルル。すまぬ――主殿)


最後に仲間に謝罪をし、自ら敗北を受け入れようとした――そのとき……


マリア――


(ッ!)


頭に響いたのは、一つの声。

自分を愛してくれた、大好きな人の声。


マリア、あなたはお父さんを恨むかもしれない――


自分の力を憎むかもしれない――


けれど、あなたが困ったとき、きっとお父さんはあなたを助けてくれる――


だから――




凶爪がタマコの身体に触れた――瞬間、タマコの身体が美しい青い炎に変わった。


「「「ッ!?」」」


アンブレラは驚いた。

いや、青い炎に包まれたからではない。

青い炎に、したことにだ。


「マリア!?」


青い炎は切り裂かれ分裂するも、空中でもう一度合体。

地面に着地すると、そこからタマコが現れた。


「はぁ……はぁ……」


姿を戻したタマコは疲弊している。

すぐにエリスが駆け寄ると、タマコを担いで木陰に身を隠した。


「…………」


炎を斬った自身の爪を見つめるアンブレラ。

一部が焼け焦げており、その威力を物語る。

そして、小さく呟いた。


「あれは――『フェニックスの炎』……」

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