第72話 レオン&アルバートvsクロス(4)

「ヒッヒッヒ……ヒーッッヒッッヒッッヒヒイイッヒヒヒイイヒヒヒッッ!」


 嬉しさから笑いが止まらない。

 倒れ伏すレオンとアルバートを横目に、傲慢の魔剣ルシファーを天に翳す。


「ヒッヒッヒ……吾輩の勝利! これは吾輩のモノだ!」


 大声で叫ぶクロスにレオンはピクリとも反応しない。

 そんな姿を見て更に笑い飛ばすクロス。

 だが、それも飽きたのか、クロスは次の目的を果たそうと動き出す。


「ヒッヒッヒ……さぁマリアよ。いま行くぞ……//」


 すでに興奮している魔王は、頬を気持ち悪く赤らめながら彼女を想った。

 何はともあれ最初まずはマリアを探さなければ始まらない。

 彼女をを探しに行こうとしたとき、近くからガサガサ、と音が聞こえた。


「……誰だ?」


 次なる敵の可能性も考慮し、クロスは強欲の魔剣マモンを構えて聞こえた方向に顔を向ける。


「――クロス」


 クロスはその人物を見て驚愕し、強欲の魔剣マモンを落とした。

 見開いた目に映るのは、自身の想い女である――タイラント=マリア=コバルト。


「ま、マリア……どうしてここに!?」


 動揺したクロスは正直に今の疑問を尋ねた。

 しかし、マリアは俯いたまま喋ろうとはしない。


(ま、不味い。何とか話を繋げなくては!)


「そ、そうだ。ちょうどお前を探そうと思っていたのだ!」


 何とかマリアをこの場に留まらせるために、思わず本当のことを言う。

 さすがにストレート過ぎたか? とクロスは不安になった――のも束の間。


「……私も、探しておったのじゃ」


 マリアから出たのは意外な言葉であった。

 さらに話を付け加えると、実は少し前からクロスとレオンの戦いを観察していたと言うのだ。

 全く気付かなかったクロスに、マリアは身体をくねらせると、上目遣いで一言――


「――カッコよかったぞ♡」


 その一言を発すると、マリアは目をハートにしてクロスへと抱きついた。


「!?????!!!!!!????????!?!??!?!?!??!?!?!?」


 そのあまりの急展開にクロスは頭がついて来なかった。

 あまりにいつのものマリアらしくない言動に、

「本当にマリアか?」

 と、クロスはストレートに疑問をぶつける。


 それに対しマリアは、

「疑っておるのか?」

 と、赤らめた頬を膨らませた。


「疑っておらぬ!」


 破壊力抜群の可愛さを前に、クロスは鼻血だの涎だのを流しながら答えた。


「ならばよい♪」


 ハンカチで顔の汚れを拭くマリア。

 すると、突然目を閉じて何かを待つ仕草をする。


(――はっ! そ、そういうことであるか~~~~)


 クロスは全てを察すると、ゆっくりと自身の顔を近づける。


(ヒッヒッヒ……なんて最高の日だ――)


 自分も目を瞑り、マリアの肩に両手を乗せた。


 そして二人の影が徐々に……徐々に……重ねっていく――



 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・




「――ねーレオン?」


「――何ですかアルバート?」


「彼……どんな夢見てるのかなー?」


「さぁ、ね……きっと素敵な夢ですよ」


 優雅に紅茶を飲みながら話すのはレオンとアルバートだ。

 その横では、幸せそうな顔で眠るクロスがいた。

 レオンの体に外傷はなく、アルバートもいつも通り元気溌剌げんきはつらつである。

 対してクロスは右足にひどい火傷を負っている状態だ。


「全く……にするとは……甘いにも程がある」


 倒れるクロスを見下ろすレオン。

 その表情から心底クロスを哀れに思っているのがわかる。


「ま、最初に傲慢の魔剣ルシファーのまま理解しちゃったのが運の尽きだね」


 自分用に作られた特製のティーカップを傾けるアルバートはそう言葉をこぼした。


傲慢の魔剣ルシファー……一見すると<思考改変>の能力と勘違いしてしまうが、実際は違う」


 手に持った魔剣を見つめるレオン。



 ―― 傲慢の魔剣ルシファー――


 ナイフ型ゆえに小柄な印象を持つ魔剣だが、その能力は何とも奇奇怪怪である。


 能力の名は―― 明之明星ルシフェル――


 発動条件を満たした相手を、自力で解くことのできない夢幻ゆめまぼろしに堕とす。

 堕ちた者は、夢と現実の区別が付かず、傲慢の魔剣ルシファーの所有者が解除しない限り、永遠に夢の中を彷徨うこととなる。

 能力の具合によって、クロスのように眠らせ行動不能にすることもできる一方、強烈な印象を与えるような幻を見せることで、他者の行動を扇動することも可能である。


 この能力をレオンは依然とある国で使用した。

 その時は王宮の兵士に、王の傍若無人な振る舞いを見せることで王への反逆を煽ることでクーデターを見事に成功させている。


 そしてもう一つ肝心なのは、その能力の発動条件だ。


「『斬る』。惜しかったんですけどね……」


「うん。もうバレるんじゃなかと思ったよー!」


 レオンらの会話通り、クロスは近いところまで推理を寄せていた。


「発動条件は『相手のDNAを摂取すること』――ですからね」


 そう―― 明之明星ルシフェルの発動条件は斬るのではない。

 必要なのは対象のDNA情報なのだ。

 それは相手の血液などの体液のみならず、などの体毛も含まれていた。

 つまりクロスの不意を突き、前髪に触れた時点で発動条件は満たしていのだ。


「目の前に敵がいて素直に能力を言うわけがない。よく考えれば理解できるでしょうに」


 レオンは眼鏡を左手の薬指で直すと、おもむろに立ち上がる。

 そして倒れるクロスへ近づくと、心臓ギリギリに魔剣を突き立てた。


「しっかりと、その歪んだ愛を正しなさい」


 そう言ったレオンは、そのまま魔剣を胸に突き刺す。

 致命傷を負ったことにより、手の甲に施された魔法陣が発動。

 クロスはすぐに強制転移され、この場から姿を消した。

 戦闘が終わり、川のせせらぎがもう一度心地よく耳を癒す。


「いいの? 強欲の魔剣マモンなんて便利なもの取らないで」


 アルバートは尋ねた。

 彼の言う通り、強欲の魔剣マモンがあれば今後の戦いは有利になるだろう。

 しかし、それをしなかった。

 レオンは苦笑しながらそれに答える。


「……相手の手の内がわかるゲームなど、面白くも何ともないでしょう?」


「そうなの?」


「えぇ。自分の力・ステータス・能力を全て駆使し、自分より上の実力者を倒す。

 だから面白いんですよ、ゲームはね。

 相手の取るべき戦法を知ってしまうなど、クソゲーです」


 その答えは、レオンらしからぬ理に適っていないものである。

 だが、そこには『レオン・フェルマーの美学』とも言うべきものが詰まっていた。

 それを聞いたアルバートはレオンらしいと思い、微笑を浮かべた。

 と、ここで一つの疑問を抱く。


「――じゃあ、レオンは自分のは嫌いなの?」


 この問いに、レオンは無言になる。

 けれど暫くすると、飲み終えたティーカップを仕舞いながら口を開いた。


「スキルは嫌っていませんが……最大開放はあまり好きではありませんかね」


「だから、滅多に使わないの?」


「えぇ……面白くありませんから、あの能力は……」


 レオンはまた溜息をつくと、すぐに頭を切り替えた。


「さて、こちらは終わったことですし、タローなる人物に接触してみますか」


 手を一つパンッと鳴らすと、アルバートを肩に乗せ、レオンは歩き出した。







 敵の言葉を信じてはいけない――



 油断したところで自然と、息を吐くように嘘は紛れ込ませる――



 レオン・フェルマー



 彼はこの戦いで――いくつもの嘘をついた――






 魔王ハンター=クロス=トパーズ 脱落

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