第46話 聖女と魔王

魔王クロスの意識を刈り取った謎の女。

こちらに笑顔で手を振る様子を見ても、タローらに害を与えるつもりはないようだ。

そんな雰囲気を醸し出しているにもかかわらず、一人震えるのはタマコだ。


「エ、エリス……」


タマコの酷く狼狽した声が周囲に木霊する。

誰が見ても明らかに動揺しており、額から一筋の雫が流れた。


「マ・リ・ア~」


その女はタマコの真名を呼びながらこちらへと近づいてくる。

そして、勢いよくタマコに抱き着いた。


「マリア~久しぶりね~~♡!」


「エ、エリ――むぐっ!?」


情熱的なハグでタマコの頭部を立派な双丘で包み込む。

何とか離れようと試みるタマコだが、中々腕力が強くて離せない。

結局相手が満足するまで拘束され、解放されたときには窒息寸前であった。


「あ、ごめんね~マリア?」


せき込むタマコに謝罪するが、全く懲りてはいないようだ。

少し涙目になりながらタマコはキッと女を睨んだ。


「けほっけほっ……ち、ちょっとは落ち着かんか、エリス!」


「あははっ! ごめんごめん~」


その女――魔王リアム=エリス=アメジストは、ただただ笑うだけであった。




***




「――改めまして、私は魔王の一柱、リアム=エリス=アメジスト。マリアとは、地元いた頃のお友達よ」


「どーも。タローです」


近くの草場に腰を下ろし、互いに挨拶を済ませると、エリスはタマコとの関係を軽く話した。

タマコは故郷では虐められていたそうだが、その中でもエリスは唯一の友人と呼べる存在であった。

いじめっ子を返り討ちにするタマコを毎回止めたりと、いろいろ苦労したらしい。

それでも、エリスはタマコといるのが楽しかった。

だが、そんなある日――


『私、彼氏探しの旅に出てくる』


そう言い残し、忽然とタマコはエリスの前から姿を消した。

あまりにも突然のことに驚き、エリス自身もタマコを追って故郷を飛び出しそうだ。


「で、探し回ってたら私の方が疲れちゃって……。休んでたら魔王に会っちゃって~。倒しちゃって~、気が付いたら私が魔王になってたのよ~」


「軽いっすね」


可笑しそうに話す明るい魔王に、タローもすぐに心を開いた。

横ではタマコが申し訳なさそうにしていた。


「その後、マリアが魔王になっていたと聞いた時は驚いたわ。元気なことがわかったから、私からは会いに行かなかったけどね」


「……知ってたなら連絡よこしてもいいんじゃないのか?」


「そもそも貴方が連絡よこさなかったでしょ?」


「うぐっ!」


「自分から連絡しない人が連絡貰えると思わないことね」


「す、すまん……」


タマコがどんどん小さくなっていく。

叱られた子供のように涙目になる姿をタローは面白そうに眺める。

場が和やかになったとき、もう一つの声が聞こえてくる。


「――エ、エリス~~。どこ~~?」


突如として聞こえたエリスの名を呼ぶ声。

呼ばれた本人は「あ!」とはじかれたように立ち上がる。

するとエリスは声の方向に走っていく。


数分後、エリスは一人の女性を連れて戻ってきた。

首に十字架ロザリオをかけたシスター服姿の女性は、涙目でエリスに怒っていた。


「もー! 置いていかないでって言ったのにー!」


「アハハハ! ごめんごめん――シャルル」


シャルルと呼ばれた女性は頬を膨らませて、そっぽを向いた。

だが、タローらがいることに気付くと、頬を赤らめ頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! お見苦しいところをお見せしました!」


「気にしなくてもよい」


「そんなことよりおっぱい大きいですね」


「(`・ω・´)」

(訳:さすがタロー様! 見事なセクハラです!)


「え、え~~~っ!?」顔を赤くするシャルル。


「わかるわよタローくん! シャルルのおっぱいは凄いわよね!」


「ちょっとエリスーぅ!」


エリスよりも大きなその胸を両手で覆い、恥ずかしそうにするシャルル。

ちなみにタローはタマコに拳骨をくらった。


少しシャルルを落ち着かせると、改めて自己紹介をする。


「Sランク冒険者のシャルル・フローラルです。エリスとは使い魔の契約をしました」行儀よく頭を下げるシャルル。


「タローです。先ほどはどーもすんませんでした」


「い、いえ! 気にしてませんから!」


「タイラント=マリア=コバルトじゃ。マリアと呼ぶがよい」


「マリア様。エリスから時々話は聞いていました。お会いできて光栄です」


「うむ!」


互いに握手を交わすシャルルとタマコ。


「(^・ω・^)ノ」

(訳:怠惰の魔剣ベルフェゴールです。プーと呼んでください)


「よろしくお願いしますプー様。

……ところでプー様はどのようにして喋っているのですか?」


「(^-ω-^)」

(訳:……気合、ですかね)


「なるほどー! そうでございましたか!」


何故納得できたのかは疑問だが、とにかくタローたちと親睦を深められて何よりであった。

互いに仲良くなれたことで、シャルルも自身の境遇を語る。


シャルルは元の世界では教会でシスターをしていた。

そこで起こった事件の最中に、突然浮遊感に襲われ、気付いた時にはこちらの世界だったそうだ。

そして、その時の悔しさがスキルとして反映された、と。


「もしかしたら、これも神のお導きかもしれない。そう思い、私はこの世界で冒険者として活動し始めたのです」


ロザリオを両手で握りながら、懐かしそうに話す。

その目の奥に、一瞬だけ陰を見せたのだが、その時は誰も気付かなかった。



で、気付いてないというか忘れていたことが一つ。

それに気づいたのはエリスであった。


「ところで……後ろの死にかけてる坊やは大丈夫なの?」


エリスの指差す方にいるのは、すでに虫の息のアキラがいた。


「「あ、忘れてた」」


クロスの衝撃が強すぎたせいで、タローもタマコも完全に頭から抜け落ちていた。

しかも明らかに状態は悪くなっている。

顔も真っ白になって血の気が引いていた。


「――ってこんなことしてる場合じゃねぇ! 早く病院つれてかないと!」


「……いや、これ私が全速力で運んでも間に合わんかも……」


「事態は思ってたより深刻だった!?」


「(`・ω・´;)」

(訳:と、とうとうタロー様が人殺しに!?)


「え、えーー! アキラさんじゃないですか!?」


慌てるタロー。

諦めてるタマコ。

心配するプー。

驚愕するシャルル。


事態は混沌を極めていた。

そんな状況を打破する鶴の一声を放ったのはエリスだ。


「はいはい! 落ち着いた落ち着いた!」


パンっパンっと二回手を叩き、皆の視線をこちらに向けさせる。


「安心しなさいマリアにタローくんにプーちゃん。

シャルルのスキルなら何とかできるわ。そうでしょシャルル?」


エリスの問いにシャルルは「あ、そうでした!」とハッと気付く。

大体ここで察している人もいると思うが、シャルルは少し天然である。


「わたしが必ず助けます!」


地面に寝かせているアキラの横に跪くシャルル。

胸のロザリオを握りしめると、そこから緑色の優しいオーラがアキラを包み込む。


すると、瞬く間に傷が消えていった。

明らかに死ぬ一歩手前だったはずだったが、驚異的な治癒能力である。

ものの数分でアキラの顔色は良くなり、一命をとりとめた。

オーラが消え、シャルルはゆっくりと目を開く。


「――終わりました」


一瞬で傷を癒したその姿は、さながら女神のようであった。

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