第5話 タローの実力(2)

 それは、タローがギルドを出発してからすぐのことだった。


「そういえば、キング・オーガってなんなんだ?」


 依頼を適当に選んだために、そのモンスターについてほぼ何も知らないことに今更気付いたのだ。

 依頼書には、きちんと居場所も書いてあるのだが、タローはまず最後まで読むことは無い。

 なんかモンスターを倒せばいいんだよね?くらいにしか思っていなかった。

 というよりだが、そもそも彼はキング・オーガの容姿も知らないため、ほぼ詰んでいた。


「どうしよーかなー」


 全くもって焦りはないが、困っているには困っている。

 とりあえずモンスターだから森にいるだろうと思い、森のある方向へ歩いていく。

 そんな時だった――


「ありゃ?」


 タローの目に一人の老人が目に入る。

 転んでいるように見えるが、ここは街中だというのに誰も手を差し伸べはしていない。

 そんな光景にタローはというと。


「おじーちゃん大丈夫かい?」


 何の迷いもなく手を差し伸べた。

 タローは他人の目を気にしない。

 そのせいで、ここまで自由奔放になってしまったのだが。

 なにもそれは悪いことだけではない。

 誰の目も気にせずに、困っていたら手を差し伸べられるのは、まさしく彼の長所であった。


「ああ……すまんのぉ。ちょいと足をくじいちまってな……」


 お爺さんはタローの手につかまり立ち上がったが、右足をかばっている。

 歩くのも辛そうであった。


「そっか。おじーちゃんの目的地はどこだい?」


「ん?」


「俺が負ぶってやるからさ。乗りなよ」


 そう言うと、タローはその場にしゃがみ、お爺さんをおんぶする。


「すまんのぉ……」お爺さんも感謝しながら背に乗った。



 ***



 タローはその後、お爺さんの目的地を訊くと、家までだと言われた。

「りょ」と軽く返事をして、お爺さんの案内で家まで歩きだす。

 世間話をしながら歩いていると、タローは不意に依頼のことを思い出した。


「あ、おじーちゃん。ちょっと訊きたいんだけど」


「なんじゃ?」


「キング・オーガって知ってる?」


 タローが訊くと、お爺さんは「おぉ、知っとるよ」と答えた。


「それってどこにいるの? 依頼受けちゃったから行かないといけないんだよね」


「おぉ……そりゃ大変じゃな。そうじゃのぉ……ここから東にのほうにある森にいたはずじゃな」


「東ってどっち?」


「東は西の反対じゃ」


「西ってどっち?」


「西はあっちじゃ」


「あっちってどっち?」


 タローは基本的に本能で進むので、方角の概念が無かった。

 お爺さんは「うーーん」と言って考えると。


「ワシが案内しよう」


 自分で案内することにした。


「ほんとに? サンキュー」


 タローはお爺さんを家まで運ぶついでに、キング・オーガを討伐することにしたのだった。




 ***




 タイタンの門を出てから東に7km。

 そこには、木が生い茂っていた。

 どうやらここはモンスターの住処らしい。

 そして、ここにいるモンスターの頂点がキング・オーガだそうだ。


「ここにキング・オーガ?がいるの?」


「そうじゃよ」


 暢気に会話する2人だが、もうここは危険地帯。

 普通なら注意を払うのが鉄則だ。


「え、おじーちゃん結婚60年目なの!?」


「驚くことないよ、ワシにとって妻が最高の相手だった。それだけじゃ」


 だがタローは普通じゃないので、もちろん注意など払えるわけもない。

 お爺さんを背負いながらどんどん歩いていく。

 しかし、


「全然出てこないねー」


「そうじゃのぉ……」


 運が良いのか悪いのか、キング・オーガどころかモンスター一匹出てこない。

 そして歩いていると、当然腹もすくわけで…。


「……おじーちゃんお菓子持ってない?」


「腹ぁ減ったのかい?」


「うん」


「ちょっと待ってな」そういうと、お爺さんは持っていた荷物から何かを取り出した。


「食いねぇ」と渡したのはスルメだった。


「サンクス!」とお礼を言い、ありがたく貰う。


「これ美味いね!」とタローは気に入ったようだ。

 それを見てお爺さんも「それはワシの妻の自家製でのぉ」と目元にしわを寄せながら嬉しそうに話していた。


 と、ここで少し話を変えよう。


 キング・オーガというのはとても鼻が利くモンスターである。

 その嗅覚は、犬の400倍とも言われる。

 そんな嗅覚を持ったモンスターである。

 当然、距離が離れていても――


「グガァァアアア!!!」


 その匂いに反応する。



 ***



 暢気にスルメをかじりながら歩いてたタローであったが、耳に木々をなぎ倒すような音と、大きな足音が聞こえてきた。

 それはだんだん近づいてきている。


「なんか来る……?」


 そうつぶやいた瞬間――

 タローの横から、3mを超える巨体の赤い鬼が現れた。


「グガァァァアアア!!!」


 右手には棍棒が握られている。

 それを躊躇なく、タローに振り落とす。


「危ね」


 だが、タローは簡単に回避した。

 その鬼――キング・オーガは自身の攻撃を躱され、タローに警戒心を抱いた。


 ちなみにだが、Aランクでも不意打ちで、先ほどのスピードで攻撃されたら躱すのは困難だ。

 もちろんギルドに残っていた者の中には、躱せるものはいないだろう。


 キング・オーガは滅多に現れない敵に対し警戒をする。

 基本的にモンスターの知能は低いが、上位種になるとそれなりの知能は備えているのだ。

 身構えるキング・オーガ。


 それに対し、タローは。


「ねぇおじーちゃん」


「ん?」


「武器になりそうなものとか持ってない?」


 今更自分の武器が無いことに気付いた。

 武器を支給される前に出発してしまったタローが悪いのだが、今はそんなこと言ってる場合ではない。

 タローがお爺さんに訊くと、お爺さんは持っていた杖を差し出した。


「これでもいいかの?」


 良いわけがない。普通なら。


「うん。いいよ」


 普通じゃない男がここにいた。


 棍棒を持った鬼と、杖を持った青年。

 こういうときは逃げるのが鉄則だ。普通は。


「よっしゃ来い!」


 だが彼は普通じゃない。


「グガァァァアアア!!」


 戦闘では、状況や相手の出方を見て作戦を立てるものだ。普通なら。


「行くぜぇぇえええ!!!」


 が、何度も言うがタローは普通じゃないので、真正面から向かっていった。


 驚異的な威力と速度で棍棒が振り下ろされる。

 この攻撃は単純だ。


 速くて強い


 それだけだ。

 だが、それだけでも強いのだ。

 速い攻撃が来たら躱すのは困難だし、威力が強力なら当たった時点で確実に死だ。


 キング・オーガのこの攻撃を真正面から受け止められるのはAランクでも上位の者たちだろう。

 普通のDランクやCランクの冒険者では躱すのすら危うい。


 普通なら。


 何度でも言おう。



 タローは普通ではないのだ。



 高速で振り下ろされる棍棒。

 それはタローの頭上にめがけて放たれている。


 しかし、頭に当たる直前に、タローは一歩後ろに後退する。


「!?」


 急な変化にキング・オーガは驚く。

 加えて、キング・オーガの攻撃は高速で放つため、急にブレーキを掛けられないのだ。

 ズドーン!と地面に棍棒がめり込んだ。


 その隙を見逃さないタロー。

 地面にめり込んだ棍棒を伝い、キング・オーガの頭と同じ高さまで跳躍する。


「おるぁぁああああ!!!!」


 そのまま横なぎに杖を振りぬいた。


 そして聞こえてきたのは2つの音。


 一つは、ボキッという杖が折れる音。


 そしてもう一つは――



 ブチッ!!



 キング・オーガの首が、胴体から千切れる音だった。

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