ネットの向こうの忠告者
沢田和早
溺れる者は藁をも掴む
「ユーザー登録完了っと。これでいつでも小説を投稿できるぞ」
ボクが操作しているのは中学入学のお祝いに買ってもらったノートパソコン。キーボードの入力にもようやく慣れてきた。今はまだスマホのほうが早く入力できるけど、タイピングが上達すればパソコンのほうが圧倒的に楽だからね。早いうちに使いこなせるようになっておいたほうがいいと思うんだ。
「ふふっ。ドキドキするなあ」
そのパソコンを使っての最初の仕事は小説投稿サイトへの登録と作品の掲載。去年このサイトの存在を知ってからいつか自分の小説も公開してみたいと思っていたんだ。そして今日、ついにそれが現実になる。ワクワクが止まらない。
新規作成のページを開きガイドに従って項目を埋めていく。投稿する小説だけど実はもう1万字ほど書いてある。内容は学園もの。オオカミに変身する中学生と吸血鬼に変身する中学生と幽霊の中学生が校内の事件を解決していく現代ファンタジー。面白いからたくさんの人が読んでくれるはず。
「よし投稿完了。さあ、どれくらいの人が読みに来てくれるかな」
それからは1時間おきにアクセス数をチェックした。見るたびにガッカリした。PVは0のまま何の変化もない。
「始めたばかりだし、まだ1話しかないし、仕方ないか。それよりも続きを書こう」
次の1万字は頑張って1週間で書き上げた。さっそく投稿。でもPVは0のまま。少しヤル気がなくなって次の1万字は10日かかった。投稿。やはり誰も読みに来ない。
「どうしてかな。こんなに面白いのに」
読まれないのなら公開しても意味がない。ユーザー登録をしてからひと月も経たないうちにボクの創作意欲はダダ下がりしてしまった。
――全然読まれないので撤退しようかと思います。短い間でしたがありがとうございました。
近況ノートにそう書いた。書いて10分も経たないうちに右上にあるベルマークに赤丸のバッジが点灯した。
「おお、マジか!」
この赤丸バッジはユーザーの反応を教えてくれる。作品に対してコメントやレビューやフォローなどがあった時に点灯するのだ。クリックして内容を見ると近況ノートの記事に対するコメントだった。
――もしかしたら少しはお役に立てるかもしれません。
そう書かれていた。返信してくれたユーザー名は「通りすがり」
クリックしてみると投稿された小説がひとつもない読むだけのユーザーだった。近況ノートにも記事はないのでお返しのコメントもできない。
「こっちの近況ノートの返信でお礼を言っておくか」
――コメントありがとうございます。ところで「少しはお役に立てるかもしれない」とはどういう意味ですか。
返信してから数分も経たずにコメントが書き込まれた。
――1話1万字は文字量が多すぎます。1話3千字くらいで連載したほうがいいでしょう。不定期ではなく毎日決まった時刻に投稿するといいでしょう。タイトルやタグに吸血鬼やオオカミ少年や幽霊などを入れて人目を引くようにするといいでしょう。
感動した。世の中にはこんなに親切な人がいるのだ。
――ありがとう。さっそくやってみます。
お礼の返事を書き込むと通りすがりさんのコメントは消えてしまった。自分で削除してしまったようだ。ボクも撤退宣言の記事を削除した。まだ始めてからひと月も経っていないのだ。結論を出すには早する。
「よしアドバイスに従って書き直そう」
掲載していた小説を削除してもう一度投稿し直した。するとどうだろう。3日目に初めてPVがついた。6日目に2つ目のPV。10日目に3つ目。20話を超えたころにはPVは10になっていた。内容は全然変わっていないのに読者への注目度は明らかに変わった。アドバイスをくれた通りすがりさんには感謝してもしきれない。
「でもなあ」
素直には喜べなかった。PVのつき方がひどいのだ。第1話のPVが8。第2話のPVが2。それ以降は0のままだ。書いても書いても3話以降は誰も読んでくれない。もちろんレビューもフォローもない。ボクのヤル気は再びどん底へ落ちてしまった。
――どうやらボクの話は絶望的につまらないみたいです。いったん撤退して修業し直そうと思います。短い間でしたがありがとうございました。
本当にそう思っていたわけではなかった。近況ノートにこんな記事を書けばもう一度通りすがりさんが来てアドバイスをくれるのではないか、そう考えたのだ。そしてその考えは的中した。その日のうちにコメントがつけられた。
――私の近況ノートへ来てください。そこで話をしましょう。
「やった!」
喜んで通りすがりさんのページへ行った。近況ノートには「雑談」というタイトルで投稿されている。「雑談にお使いください」とだけ書かれた記事にコメントを書き込む。
――お言葉に甘えてやってきました。ボクの話を面白くするにはどうすればよいか教えてください。
すぐ返信が来た。長かった。あらかじめ用意されていたのだろう。
――残念ですがあの話を面白くするのは不可能だと思われます。この小説投稿サイトで人気があるのはラブコメか異世界です。現代ファンタジーでそれらと同等の人気を得ようとすれば、商業小説を超えるくらいのクオリティが必要でしょう。どうしても読者が欲しいのであれば現代ファンタジーは諦め異世界かラブコメを書くことをお勧めします。
それは言われなくても何となくわかっていたことだった。トップページに載る注目作品や書籍化作品を眺めていても、このふたつのジャンルばかりが目に付いていた。やはり人気ジャンルでなくては振り向いてはもらえないようだ。
――ラブコメは自信がありません。書くとするなら異世界ですが、指輪物語とかナルニア国物語みたいな話しか読んだことがありません。これで読者を獲得できるでしょうか。
――ハイファンタジーで質の高い作品を書くには相当な技量が必要です。あなたには荷が重すぎるでしょう。ラノベによくある転生、転移ものを書いてみてはどうですか。
――でも、読んだことないし。
一般にラノベと呼ばれている本を読んだことは一度もなかった。と言うより参考書以外の本を購入したことは一度もなく、読書はほとんど図書館や学校の図書室の本で済ませていた。図書館にもラノベは置いてあったが、独特のイラストに飾られた表紙を見ると手に取るのをためらってしまうのだ。
――そうですか。では私が知恵を貸してあげましょう。やはり転生ものがいいと思います。死ぬのはトラックにひかれるでも通り魔に刺されるでも構いません。ただそれだとありきたり過ぎるので、ここから少し変えてみてはいかがですか。例えば死後に出会った女神がダメダメな性格で、しかもそのダメ女神と一緒に異世界を旅する、なんて話はどうでしょう。
――いいですね。それで考えてみます。
こうしてボクと通りすがりさんの共同作業が始まった。
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