幼馴染が僕の家に来る理由

月之影心

幼馴染が僕の家に来る理由

 僕は中条なかじょう駿介しゅんすけ

 今年の4月から高校生になったばかりの、少しばかり頭が良くて運動も出来てそこそこ男子からも女子からも人気のある男子だ。


 今日は日曜日。

 学生にとっても社会人にとっても、この日を待ち望んでいる人は少なくはないだろう。

 勿論、『皆が休みの時が稼ぎ時』な業種職種の方々のお陰でこうしてのんびり出来る事には感謝している。

 感謝しつつ、高く昇った太陽に起こされるのは何とも贅沢な事だと思いつつ、布団の中で目を開け、天井をぼんやり眺めながら、


(今日は何をしようか……)


と寝惚けた頭で考えを巡らせる。


 だが、ベッドの横に見える黒い塊と、消した記憶はハッキリ残っているテレビが点いている事に驚き、それらを交互に見つつ音を立てないように体を起こしていった。




「何やってんだ?」

「あ、駿ちゃんおはよう。」


 黒い塊は、顔を合わせない日が無いくらい毎日会っている隣に住む幼馴染の伊勢崎いせざきれん

 恋は目線をテレビに置いたまま挨拶してきた。


「おはようじゃなくて何やってんのか訊いてんだ。」

「今ね……もうちょっとで中ボスを……倒せそうなんだけど……そりゃイケー!」


 テレビをよく見ると、放送ではなく恋がゲームをしている事に気付く。


「あ~……これもダメかぁ……やっぱあっちの装備の方がぶつぶつ……」


 横から見ると、長い睫毛がせわしなく動き、唇を尖らせて不服そうな顔をしているようだ。


「だから何で日曜の僕がまだ寝てる時に恋がここに居てゲームやってんだよ。」

「だってこの続きが気になって仕方なかったんだもん。」


 それは昨日、恋が『待ちに待った待望の新作』と買ってきたRPGなのだが、僕がそんなに詳しくないからかもしれないけど見た事も聞いた事も無いタイトルで、某漫画家がイラストを担当しているドラゴンナントカやツンツンヘアのイケメンと黒髪ロング爆乳美女が出て来るナントカファンタジーを足していくつかで割ったようなゲームだった。

 それを昨日は昼過ぎから晩までずっとやっていて、ようやく恋が『中ボス』と呼んだ如何にも強そうなキャラの待つ所へ辿り着いたのだが、なかなか倒せずに日を改める事にして帰って行った筈だ。


「何時からやってんの?」

「ん~……5時前くらい?」

「バカじゃねぇの?」

「バカって言うなっ!」


 今日初めて……いや、昨日恋がそのゲームをやりだしてから初めて僕の方へ顔を向けた。


 不貞腐れてるけどやっぱ可愛い。


 そう。


 恋は幼い頃から他の少々可愛いと言われる子程度なら一瞬でその他大勢モブ化してしまう程の、正に『天使』がいるとしたらこんな姿だろうと思える容姿の持ち主だ。

 枝毛一つ無さそうな艶々の黒髪、二重の瞼からは流れるようにくりんっと上を向いた長い睫毛、その下の大きな目は中に小さな宇宙を閉じ込めているように常に輝き、真っ直ぐ通った鼻筋と薄い唇へと続くという絶妙な構成は、きっと天界一のセンスを持った神様が恋を創造したに違いない。

 更に平均より少しだけ高めの身長と、スレンダーな体型なのに出るところおっぱいとお尻はしっかり出ているのだから、神様は相当恋の創造に力を入れたのだろう。

 そんな容姿だから当然学校では恋を狙っている男は多いのだが、グレードが高すぎる為か告白まで至る男子は意外と少なく、僕の記憶では3、4名止まりだ。

 まぁ、恋も『どうせ断るから面倒な事が少なくていい』と言ってあまり興味を持っていないようなので構わない。

 それでいて勉強も運動も教科競技によってはトップクラスの成績を収めているのだから、神様は恋に一体どれだけの数値を割り振れば気が済むんだと思わざるを得ない。




 ただ唯一、恋を創造した神様がステータスを振り忘れたのが『一般常識』だろう。


 見ての通り、恋は陽もまだ昇らぬ未明から僕の部屋に勝手に上がり込んで人が寝ているのもお構いなしにゲームをしている。

 普通なら不法侵入でしょっ引かれても文句は言えないのに、平気な顔をして僕の家に入って来る。

 普通の家ならまず親がそんな事許すわけが無いんだろうから、それを知っておきながら何も言わない僕の両親も一般常識のステータスを振り忘れられているのかもしれないけれど。

 僕の両親が恋を僕以上にお気に入り召されているので仕方ないかな。


「それで、倒せそうなの?」

「う~ん……もう一押しなんだけどなぁ……」

「ふぅん。」

「ねぇ。」

「ん?」

「お腹空いた。」

「帰れ。」


 そんなやり取りをしながら、恋がテレビの画面に集中している間にベッドの上で部屋着に着替え、顔を洗って来る。

 当然両親はまだ寝ているので、冷蔵庫から野菜ジュースと適当に積んである菓子パンをいくつか持って部屋に戻った。


「ほらよ。」

「おっ!ありがとう!これでHPヒットポイント回復出来る!」

「お前はゲームキャラか。」


 恋はコントローラーを持った手と口を器用に使って菓子パンの袋を破くと、もぐもぐと美味しそうに食べながらゲームを続けた。


「食べるかゲームするかどっちかにしろって。行儀悪いぞ。」

ふぁっふぇだってはふぉふぃいほほ楽しいのもほいひいほほおいしいのもおっいおどっちも……」

「何言ってんのか全然分かんねえよ。」


 恋がコップに入った野菜ジュースで口の中のパンを流し込む。


「んがぁ……だって楽しいのも美味しいのもどっちも同時に摂取したいじゃん?」

「『したいじゃん?』じゃねぇよ。知らんわ。うちだからまだいいけど、他所では絶対するんじゃねぇぞ。」

「何でよ?」

「何でよじゃなくてそれが普通なの。行儀悪いとお前のイメージが落ちるだろ?」


 恋は僕の顔をじっと見て話を聞いていた。


「それって『ギャップ燃え』ってやつ?」

「全っ然違う。字も違う。」

「何だぁ。駿ちゃんが私のギャップに燃えちゃったのかと思ったよ。」


 燃やすな。


「まぁ安心してよ。他所に行く事も無いだろうし、こんな私が見られるのも駿ちゃんのおうちだけだよ。」


 そう言った恋は、コントローラーを床に置き、短いスカートから伸びる白い太腿を動かして姿勢を変えながら、僕に色っぽい目付きでにじり寄ってきた。


「よ、他所に行く事が無いって……友達の家とか……行く事あ、あるだろ?」


 僕はにじり寄ってくる恋から目を逸らして体を引き気味に、恋との距離を離そうとしていた。


「無いよぉ。殆ど毎日駿ちゃんと一緒に居るのにぃ、どぉやって他所に行くのよぉ?」


 首回りが大きく開いたTシャツからは、そのたわわな膨らみが作り出す見事な谷間が覗いていた。

 僕の中ではそれを見たい本能と、押し留める理性が壮絶な戦いを繰り広げている真っ最中だ。


「駿ちゃん。」

「え?」


 ちらっと恋の方を見ると、恋が視界の8割以上が頭と顔で埋め尽くされる程近くに居て、僕はそこから動けなくなってしまった。


「私が『他所に行かない』って……意味分かるよね?」

「そ、それ……は……」


 『僕の家に毎日のように来ていて他所に行く暇が無いから』ってのとは別に意味があるとしたら……これはもう……しか無いんじゃ……

 恋は引き続き僕の方へにじり寄って来ていて、身を引く僕の後ろは既にベッドの縁が迫っていた。


「れ、恋は……僕の事が好き……なの?」


 にじり寄って来ていた恋がピタッと止まり、きょとんとした顔で僕を見上げて来た。


(あ、あれ?違った?)


 僕は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


「そんなの当たり前じゃない。今更何言ってんのよ。」


(違って無かったけど何かニュアンス違う気が……)


「嫌いだったら家に来るわけないじゃない。」


 それはそうだけど……だったらさっきの『他所に行かない』って他にどういう意味があるんだろう。


 恋はゲームのパッケージを手に取り、その表紙を僕の方に向けて勢いよく突き出した。








「え……?」




「駿ちゃんは私の好きなゲームを黙って見ていてくれるからに決まってるじゃない!」








「は?」


「他の友達とかダメなのよねぇ。すぐファッションがとかメイクがとかの話になっちゃってさ。私全然興味無いから上の空になっちゃうしか無くてつまんないんだよねぇ。その点駿ちゃんは黙って見ていてくれるし、困ったら一緒に考えてくれるしで、落ち着けるしゲームも進むしでいい事尽くめじゃん?」


「え……だから……他所に行かない……と……?」


「他に何があるのよ?」


 僕はでかい溜息を吐きながらがっくりと首を垂れた。

 その僕を、恋が下から覗き込んで来ていた。


「駿ちゃんどうしたの?」

「い、いや……どうもしない……」




 どうもしない僕は、全身から抜け落ちた魂の欠片を拾い集める事に、貴重な日曜日を使う事になった。

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