第116話 どれだけ特別なのか
あらすじ 逃げる場所も戻る場所もない。
三日三晩。
僕はただ隠れながら進んだ。
ひたすら慎重に。
大事なことは僕が自由であることだ。
十字軍は方々にいるみたいで、幹線道路を検問したり、なんでもない山道をパトロールしていたり、油断している暇がないぐらいには出くわした。相当に規模の大きな組織らしい。
山をいくつも越える。
空を飛んでいく魔女を見かけては息を潜める。世界の状況が変わっている気がする。堂々と飛んでいるのだ。魔女がいることは周知されたのだろう。忍者がいることまで知られたかは不明だ。
世界のおかしさを皆が知りつつある。
空き巣を繰り返し、ニュースを見る。SNSは魔女と軍隊の話題で持ちきりだったけど、それがなんなのかは政府が知らせていないらしい。ただ、村をひとつ潰した危険な存在に対処するために協力を要請したという説明だけだ。
もちろん、対応に批判が高まっている。
戦争が間近だとか言う記事も読んだ。
日本とアメリカが戦争するらしい。
なんで?
でも、そんなことはどうでも良かった。
僕の目的はタカセさんが捕まっていないことを確認することだから。捕まっても報道されない可能性はある。でも、おそらく、国際指名手配で逃げている僕を揺さぶる意味で報道される可能性の方が高いと踏んでいた。
誘い出すための人質にするとか。
サタカはどうなんだろう。
南へ。東京を目指していたけど、シズクさんを頼るかどうかの結論は出ていない。三次研に行くことも考えているけれど、あそこの人は僕を実験材料ぐらいにしか考えてないだろう。
状況がどうなれば好転するのか。
僕が出て行って、だれかに捕まれば、この世界が魔女も軍隊も忍者も知らなくてよかった日常を取り戻すって言うのなら、考えてみる価値はあると思う。ただ、わからない。
タイホン。
鳩の卵の魔女、そう呼ばれていた魔女たちは僕がなんなのかを知っている風だった。彼女たちに聞くべきなのだろう。問題は、十字軍に手を貸している魔女もいるということを聞いてしまったことで、見分けがつかない僕は接触を試みようがないということだ。
サザンカには恨まれてるだろうし。
「ずいぶん、立派な忍者になったな、シン」
「……い、イチさん!?」
木の上で立ったまま寝ていたところに、なんの気配もなく現れたのはくのいちだった。隣の木、数メートル先にいる。もう逃げようがない距離だった。忍者になる修行を積んだことで、力の差をはっきりと感じ取れる。
「警戒するな。捕まえに来た訳じゃない」
なんだか穏やかな気配だった。
「? なら、どうして」
僕は緊張を解く。
その気なら絶対捕まる。力を抜いても同じだ。
「顔を見たくなった。恋人だろう?」
くのいちは苦笑した。
「半年も顔を合わせなかった。わたしの方も色々とあってな。少し時間が必要だった。お互い様というやつだ」
「恋人。まだ、そう言うんだ……」
意外な言葉だった。
「別れたつもりはないが?」
「……でも、僕がやってたことは」
「ママ活のことか?」
くのいちは首を振った。
「構わない。シズクはわたしが激怒すると思って隠しているつもりだが、怒る必要などないだろう。シンはわたしが初めてだった。他に興味を持つことも自然の成り行きだ。そして、他の女を知ればわたしがどれだけ特別なのかもわかる」
自信過剰なのか、本気なのか。
「好きな人が出来たとしても?」
僕は揺さぶってみる。
真意を確かめたかった。
「シンに忍法を仕込んだ、あの女か?」
「……」
「妾にしてやれ」
僕の沈黙をくのいちは鼻で笑った。
「めかけ?」
どういう意味だ?
あとで調べよう。
「シンが魅力的な男であることは否定のしようがない。有用な女ならばくっついてくることも許容する。感謝していると伝えてくれ。わたしの庇護下ではシンが短期間にそこまで力をつけられたかはわからない。シズクたちは科学技術で力不足を補おうとしていたしな」
「どこにいるのかわからない」
「だろうと思っていた」
「知ってるの?」
くのいちの反応に僕は食いつく。
「捕まっているぞ? 肝臓十字軍だ」
くのいちは邪悪に笑った。
「教えて、ください」
誘いなのはわかっていた。
それでも、タカセさんに会わなきゃいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます