第112話 肝臓十字軍

あらすじ その日、村がひとつ消えた。


 地響きは走行中の車両を揺らし、横転させた。僕は上も下もわからなくなるほど転がり、気がついたときには水が流れ込んでいた。


 川に突っ込んだらしい。


「無事か、エイデン!」


 ハゲが僕を抱えて立ち上がった。


「アレックスさんこそ……あの距離で巻き込まれたんですか? 考えられない規模だ。なんなんだあの子供はまったく……」


「言ってる場合か、さっさと動くぞ」


 アレックスと呼ばれたハゲは僕を抱えたままライフルを拾って構えている。ぐっと力の込められた肩の筋肉に僕は挟まれる。


「隊のみんなは」


「わからん」


 ガコンと車両のドアを蹴飛ばして開け、ごつごつとした岩の川に踏み出したアレックスは周囲を見回している。僕の視界からも崖の上から泥が流れ落ちているのがわかる。


 鯨の余波が直撃したのか。


 あるいは直撃させられたのか判断できない。


「――! ――! おい!」


 ライフルと拳銃を身につけ、エイデンと呼ばれた男は無線機のようなものに英語で呼びかけている。切迫した表情だった。


「応答がない。マズいぞ」


「あいつらも素人じゃない。自力でなんとかするはずだ。こっちはこっちで行くしかないだろう。信じろ。エイデン」


 アレックスは川下を顎でしゃくる。


「泥に向かって登りゃしないだろうが、川も泥が流入すると逃げ場がない。救援はまだ呼ぶな。巻き込まれたら助からない」


「そうですね。そうだ。行きましょう」


 男たちは頷き合って歩き出した。


 アレックスの頭からは血が流れていたし、エイデンも落下時にぶつけたのかすでに顔に痣が出来ている。二人とも目は鋭く、周囲への警戒を強め、汗を滲ませていた。


 それでも僕を捨ててはいかない。


「……」


 この緊急事態になにも出来ずに運ばれるのは居心地が悪いなと感じるけど、逮捕されてるんだからどうしようもない。まず原因が僕にあるんだろうと言われたらやっぱり後ろめたい。


「アレックスさん」


 しばらく歩いて、川を離れたところで、エイデンが口を開く。呼吸は荒い。岩と土がでこぼこした道を駆け足に近い速度で歩いている。


「……なんだ」


「いざとなったら、カンダ・シンを抱えて逃げてください。ぼくのことは見捨ててくれて構いません。ぼくには家族もいないし……」


「バカ言ってんじゃねぇ」


 アレックスが言葉を遮った。


「おれぁ、娘に顔向けできない生き方は」


「見つけたわ。肝臓十字軍!」


「……!?」


「鳩の卵の魔女」


 エイデンとアレックスが空を見上げる。


 帆船が浮かんでいた。


大本タイホン頂かせてもらうわよ!」


 そこから飛び降りてきた女が長いローブがめくれてパンツ丸出しなのも構わず着地し、僕を指さした。パンツは白いレースで、整えられた陰毛が透けているのをハッキリと見てしまう。


 ママ活を繰り返した弊害だ。


 つい、相手がセックス慣れしてそうか確認してしまう。見せるつもりで下の毛の処理がちゃんとしてる人は大抵スムーズで、その辺があまり気を遣ってない人は色々とある。


 いや、タイホン?


「……」


 僕のことだろうか。


 かんぞう?


 肝臓?


 緊張感が高まってるところ申し訳ないんだけど、かんぞう十字軍や鳩の卵の魔女やら、タイホンという単語の聞き慣れなさに戸惑う。推測すら働かない。身動きも取れないのに困った。

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