第87話 皮算用
あらすじ シンはママ活に引っ張りだこ。
「四人目を産もうと思うの」
あまりに唐突な母の言葉。
「か、勝手なこと言わないで?」
けれどもヨシザワ・ハツネはすぐ拒絶した。
「だれが面倒見るの? 今だって……」
「そのためなの。四人目を産めば国からのお金でベビーシッターを雇えると思う。そうすればハツネの負担も軽くなる。わかるでしょう?」
だが、母は冷静だった。
台所のテーブルに広げた紙にはハツネにわかりやすく伝えるためだろう、マンガ家としてのスキルを生かした絵付きの図が出来上がっていた。
四人目を産むことで国から年四百万。
それによって親子四人がクラスには手狭なアパートから出て広い部屋を借り、日中から夕方までベビーシッターを雇う。そう言う生活をはやく構築すれば、ハツネの大学受験の頃にはいくらか楽になっているという目算のようだった。
理屈は具体的だ。
「……お母さんの考えはわかったけど」
ハツネは言う。
「お父さんはどうするの。死んで一年経ったけど、新しい恋人でも出来たってこと? 私に子守を押しつけてる間に、そんな恋愛してたとか」
釈然としない話だった。
父の死、双子の妹誕生、中学への入学。
忙しい一年だった。
楽しい学校生活、部活動などを諦めて、母の仕事を支えるべく家の手伝いをしてきたハツネからすれば、大変であることは事実だが、マンガ家みたいな好きな仕事をして生きてる母が打ち合わせと称して家を出ている間に自由を謳歌していたように聞こえてしまう。
「ママ活をするの」
「ママ活って、どっかの子と……」
「マンガのネタにもなる。実はもうそれで新連載の企画も通してる。実際に経験すればネタには困らない。月二本はキツいけど、それが出来る体力も今がギリギリ……」
「エッセイマンガ描くってこと!? それだけはやめてって言ったよね!? 私生活の切り売りなんて私ぜったい、んむ」
ハツネは母の言葉を遮って叫んだ。
寝かしつけたばかりの妹たちが起きることに気を遣う余裕はなかった。マンガ家の娘という事実さえ友人たちにも教えていないのだ。
「しー、ハツネ」
母はテーブルに身を乗り出し、娘の口を押さえた。懸念はわかっていると言いたいようだった。親子の間では常にセンシティブなテーマだった。主に日常ネタを現実から引用した際のプライバシーの問題として。
「もちろんフィクションよ。流石に実録として世に出したら批判どころか逮捕される。担当さんだって止める。この話は……ハツネにだけ、してるの。わかる? 秘密なの」
娘を信頼しての言葉らしかった。
「……いやだよ」
だから、ハツネは正直に気持ちを述べる。
「そりゃ……双子はお母さんのせいじゃないし、どうせ三人になっちゃったなら四人目がいた方が生活を楽に出来るのもわかるけど、知らない子の子供がきょうだいって言われても」
死んだ父親の残した形見と思えば大変さも受け入れられた双子の世話と比べて、三人目のきょうだいに優しくできる自信がなかった。泣き止まない妹たちに憎しみを抱く瞬間がなかったと言えばウソになる。
「美少年らしいの」
「……なんて?」
ハツネは耳を疑った。
「予約殺到のママ活美少年。凄い、ネタになるでしょ? ね? 会ってみたくなるでしょ? その子の話を聞けるだけでも価値がある」
「お母さんが美少年とセックスしたいだけ?」
「チャンスよ」
娘の言葉に母は首を振った。
「年齢はハツネと同い年らしい。わかる? 美少年、好きでしょ? 知ってるんだから。そして現実には滅多に出会えないことも、もうわかってるはず。うまくすれば」
呆れるほどとんでもない皮算用だった。
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