第68話 プライベートな戦い

あらすじ タカセはくのいちと戦う。


「おねえちゃ……っ」


「忍法マッドシェルター」


 タカセは邪魔になりかねないニコを流動的な泥の殻で包んで地面に沈める。勝ち目がないと思われるのは理解できるが、手出しも口出しもされたくない。不確定要素は御免だった。


「……人質か」


 クノ・イチが不快そうに言う。


「あたしを殺せば、忍法は解ける」


 まず仲間と過去の自分の復讐でもある。


「簡単でしょ?」


「そうか」


 無表情のクノ・イチは言うと視線すら動かさずに手裏剣を投げた。取り出す手元も、予兆となる動きもなく気付いたときには飛んでいて、顔をかすめて横切る。


「!?」


 動けなかった。


 外した?


 そう思った背後で気付かぬ間に浮いていたドローンがメシャリと鈍い音を立てて潰れて落ちる。タカセが知る限り、それはクノ・イチ側のドローンであるはずだった。


「な」


「この戦いを記録させる気はない」


 クノ・イチは言う。


「プライベートな戦いだからな」


 疑問に答えるというよりは、決意を口にしているようだった。そしてぴったりと身体のラインに張り付いたスーツを脱ぎ捨てる。どこに仕込んであったのかバラバラと忍具も落ちた。


「プライベート?」


 タカセは警戒し、身構える。


 なんで脱いだのか?


 ありがたいが、意図が読めない。


「ああ。私闘だ。わたしの男を寝取った女に、どう制裁を加えるか……わたしにとってもはじめての経験になる。失敗もあるかもしれない。他人に見られたくないだろう? 失敗を」


「? 最強の忍者にしては、弱気じゃない」


 人間らしいことを言うと思った。


「あたしを殺すことがそんなに難しい?」


「殺さない」


「甘く見ないで! あたしは」


 そう言いかけた一瞬、


「シンがおまえに心惹かれている」


 クノ・イチはもうタカセの目の前だった。


「ぐ」


 その気になれば命を取れる距離だ。


「恋人であるわたしよりも、だ。このまま殺したのでは、わたしを恨み、死んだおまえを想ってしまう。この戦いの目的は、おまえを屈服させ、わたしに隷従させ、シンの想いを砕くことだ」


「! 忍法マッドロープ!」


 気圧され、飛び退いてタカセは叫ぶ。


「……」


 縄状に地面から伸びた泥がクノ・イチの手足を縛る。動きを止めるほどの効果はないが、切っても何度でも復活して動きを抑制しようする。対抗するには常に力を出さなければならない。


 疲れさせる。


「SMが趣味なのか?」


 動じなかった。


「はぁ?」


 目論見が当たらない。


「縛り上げて感じさせる? そのくらいの醜態ではシンが幻滅するかどうかわからないか。男というのは好きな女であればどんな姿でもイケてしまうものらしいからな……」


「……」


 ぶつぶつと独り言を言っているクノ・イチにタカセは苛立ちと恐怖を覚えたが、同時に好機とも感じていた。完全に敵とは見られていない。勝ち方に拘ろうとしている。


 付け入る隙だった。

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