第37話 親のつとめ

あらすじ くのいちは生まれも育ちも異常。


「イチを許してやってくれ」


 ヒスイは僕を下ろす。


「あれでも手加減はしている。昔なら、おぬしの自我などとうに失われていたはずじゃ。四時間程度で終わるものでもなかったしの」


「四時間ずっと、見てたんですか……」


 冷たい水面に触れて座れていることに驚いていたが、それよりも四時間が経過していたことへの驚きがあり、ずっと見られていたことへの羞恥心がさらに勝った。あまりにも恥ずかしい。


 変な声すっごい出たし。


「照れずとも良い。この島の住人ならば皆経験しておることじゃ。わしがこうして後始末をするのも皆が通ってきた道じゃ。親のつとめよ」


「……」


 そんな親の仕事イヤだろ。


 そう思いながら、僕はヒスイが冷たい水で汚れを流してくれるのに任せた。ともかく身体を自分で動かす気になれないぐらい疲れていたし、そして汚れを落とした水をシャボン玉のように宙に浮かせて見せる洗い方が凄かったからだ。


「どうやれば男に戻れるんですか?」


 僕は質問する。


「イチの忍法はわしにはわからぬ」


「師匠なんでしょ?」


「蔵升流の古くから伝わる忍法はわかる。だが、あの娘が開発した忍法についてはどうにもならぬ。わしは忍魂じゃからな。肉体なしに新しい忍法は覚えられぬのよ」


「そういうものなんですか」


 くのいちがヒスイに僕を預けた時点で、ある程度は予想できることだった。教わって簡単に元通りになれるなら強制忍法なんてやらないだろう。変な条件もつけない。


「イチさんの、親についての情報は、隠してるんですか? その、コントロールするために」


 もうひとつ気になったことも聞いておく。


「いいや。そこまで反抗的にもなれぬよ」


 ヒスイはくっと笑った。


「そんな態度ならばわしはとっくに本体の刀を砕かれておる。魂から情報を得るには、脳が必要なのじゃ。忍魂と繋がる脳がの。しかし、ミドリはわしを切り離しておる。イチが素直に任務をこなすのは、ミドリを回復させるためじゃ」


「回復……」


「魂の回復じゃ。願いを叶えると言い換えてもいい。総理大臣にさせるのが目的じゃ」


「……え? 総理?」


 割と唐突な話に聞こえた。


「そうじゃが? なにかおかしいか?」


 ヒスイは首を傾げる。


「イチさんが政治活動……?」


 ミスマッチな人選だとしか思えない。


「政敵の弱味を握る諜報活動、協力者を得るための工作活動、そして票をも操作する……」


「ああ、忍者らしく」


「そういうことじゃ」


 それならば納得はできる。


 そしてクノ大臣が若そうなのも背後の力あってのものだと思えばしっくりくる。そしてくのいちが大人しく任務をこなしているのも、過去に犯した行為への反省か後始末なのだ。


 しかし、


「どうやって男に戻れば……」


 僕の問題はどう解決したものか。

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