第36話 もっと普通に
あらすじ くのいちは嫌がるほど盛り上がるタイプ。
「そのくらいにしておくのじゃ」
向かう湖の上にヒスイが立っていた。
「見ているだけなら見逃すつもりだったが」
くのいちはそう言って足を止めた。
「なにか勘違いしてないか? 自分の立場を」
気付いていたらしい。
よく知り合いが見ている前でケダモノになれるものだと思うけれど、そんなことに恥を感じるようならばこうはなっていない。そもそも最初から親の前で息子を犯す女なのである。
「勘違いなどしておらぬ」
白髪の少女に緊張が走ったのがわかる。
水面が波立ってきている。
「イチ、わしはおまえの」
「過去のことだ」
くのいちはヒスイの言葉を遮って、僕を抱えたままその波立つ湖面を歩き、相手を見下ろす距離まで近づいていく。ピリピリと嫌な感じがした。これが魂なのだろうか。
「どうでもいい。その忍魂に集まった魂から引き出したかった情報の価値は失われた。わたしにはもうシンがいる。それで十分だ」
「情報……?」
くのいちの言葉に僕は思わずつぶやく。
「イチが殺してしまった蔵升島の忍者たちの記憶じゃ。強がってもわしにはわかる。おまえがそれをあきらめることができぬことはの」
ヒスイは震えながらもきっぱりと言った。
「……試してみるか」
空気が変わる。
殺気。
「イチさん! よくないよ。それは」
それで僕は理解する。
「生きてる、かもしれないんだろ?」
ヒスイがここに出てきたのは、僕を助けるためであり、そしてくのいちの弱味を教えるためだ。親か子かわからないが、この刀に宿った願いの塊が師匠と呼ばれここにいる理由だ。
「僕の親は……アレだったけど、イチさんの親はどうかわからないだろ。知ってからでも、遅くないよ。方法があるなら、あきらめちゃ」
「シン、わたしを魔女にしたのは」
「それに反対したかも知れないだろ? この島で、イチさんが親に出会わなかったのは最初からいなかったからだ。それくらい、わかるよ」
魔女になるために魔物と交わる。
そんなことを許容する親はいない。
そう思いたい。忍者の世界でどうなのかはわからないが、想像以上に強い子供が出てきたらこんな風に復讐される可能性はずっとあったのだ。現代でそういう意見が出なかったらおかしい。
「……」
くのいちは沈黙した。
それは見たことのない表情だった。怒りとも憎しみとも違う、けれど決して許していない目だ。赤い瞳が、僕にさえその殺意を向けている。抱えられた身体をへし折られてもおかしくないぐらいの恐怖感があった。
「ミドリから新たな任務じゃ」
ヒスイが言う。
「わかった。シンは、預けておく」
くのいちは僕を少女に放り投げる。
妙に素直に応じてる。
「よかろう」
空中で僕の身体は静止し、受け止められた。
「シン。わたしが戻る前に、男に戻っておくことだ。さもなければ、二度と男に戻りたくなくなるぐらい、女で快楽漬けだ。いいな?」
くのいちはこちらに背中を向けて言う。
「よくないよ」
なに言ってんの?
「……」
返事がない。
「よくないよ!」
雰囲気出したからって同意しないよ!
「ねぇ! イチさん! 僕は恋人だろ! もっと普通に、しようよ! それなら……」
「……普通なんて知らない」
くのいちの姿はその言葉と共に消える。
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