第16話 血の涙の湖

あらすじ クノ・イチの取扱説明書プロフィール


 プロフィールというより日誌だった。


 トップページのスクロールの長さも酷かったが、それが日付単位で構成されていて、勉強のできないヤツの教科書みたいなあらゆる単語に張られた文中リンクまである。一人の人物について書かれたものとはとても思えないし、読む気も起きない。


「あの、これ、要約とかないんですか?」


 効率が悪すぎる。


「クノさんと文科省の付き合いはもう十五年以上になります。私が担当になるまで八人の被害者がいて、いつか国を訴えてやると思いながらこの報告書を作成しました。血の涙の湖です」


 シズクさんは静かに言った。


「……怖い」


 ホラー文書じゃないか。


「そのスマホは、そんな代々の苦労を引き継いでいるデータを唯一残しているものになります。バックアップはありません。私ももう持ちたくありません。新たな担当であるシンくんのもので、最後の持ち主になることを望んでいます」


 いちいち重たかった。


 そしてさらっと担当にされてる。


「……僕のスマホは?」


 そう言えばくのいちに取られていた。


「こちらで預かってあります。一応ですが、あなたの関係者が狙われる可能性もあるので、こちらで警戒するための情報として活用します」


「え? それ、は……人質?」


 僕に隠されたなにかを奪うために?


「可能性の話です。クノさんを知っている敵ならば、関係者を人質に取るやり方が悪手なのはわかっているはずなので、念のためですが」


「悪手ってどういうこと?」


「魔法がありますから」


 シズクさんは首を振った。


「あの、私もあまり具体的なことを喋ると、クノさんの魔法の餌食になる恐れがあるので、これ以上のことは本人から聞いてください。恋人としてそれが出来る立場というだけでシンくんには私よりも既に適正がある。そういうことです」


「……」


 魔法ってヤバいのか、やっぱり。


 ともかく僕は読み進めるしかないらしい。


 日誌の一番古い日付を探す。


 十五年前。


 女子児童に対して性的いたずらを働く女性教諭がいるとの噂がある地域に広まった。警察も動いたが、しかし被害を受けたと証言する児童全員がその相手の顔を記憶していない。覚えているのは相手が「先生」と自称していたことと、いきなり服を脱いで裸を見せつけ、豊満な乳房や……。


「なんだこれ!」


 思わずスマホを放り投げた。


 エロ文書じゃないか。


「最初の事件ですね」


 助手席から振り返ったシズクさんは腕を伸ばして突き出し、スマホを空中で止めていた。その手首には僕と同じバンドが巻かれている。


 そういうことも出来るのか。


「シンくんが生まれる前の大事件だったのです。忍法によって正体を隠したまま女教師を名乗り、無差別……いえ、可愛らしい女子児童に露出プレイを行い、警察を煙に巻き、その地域の学校という学校が混乱に巻き込まれ、教師たちの信用が失墜し、人々は疑心暗鬼に陥り、噂が噂を呼び、取り付け騒ぎになり、国会で問題になり、文科省も引っ張り出された」


「……」


 もう読みたくない。

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