第5話 キスの相手

あらすじ くのいちは魔女を抜け女して忍者。


「遂に一撃くれてやった! あいつに!」


 スミレは上機嫌だった。


「一週間前からあいつがおまえの家を張ってたからな、その狙いを探っていたんだ! 珍しく慎重だったんであたしも警戒してたが、なんのことはない。あいつも女! まさかこんな子供に惚れてたなんてな。いい弱点を握ったぜ……」


 聞いてもいないことを喋りながら空を飛ぶ。


 狙いを探る?


 つまり、この人は僕に隠されているらしいなにかを狙っている訳じゃないのか。くのいちが言っていた組織とは別。質問したかったけれど、なにかのことは僕もまったくわからない。殺して処分されても困るので下手には言い出せない。


 くのいちの弱点としての利用価値。


 隠されたなにかを狙う組織。


 そしてその動き。


 僕が生きるために知らなきゃいけないことは沢山あるようだ。自分の力じゃとても打開できない状況だからこそ、だれについていくかをちゃんと見極めなきゃいけない。


 母さんもよく言っていた。


 強い相手に逆らっちゃダメだと。


 その考え方で息子を捨てるのが怖いな。


「……んで? キスの相手はだれなんだ?」


 カラスの群れを引き連れ、脚で雪かきを操りながら飛ぶスミレは、僕の方を見て言う。笑顔なのだがともかく歯が怖い。


「え?」


「言ってただろ? ファーストキスはあいつじゃないって。興味本位で聞いてるんじゃないぜ? ぶっちゃけクノ・イチは頭おかしいからな、保護しないと相手が殺されるかもしれない。魔女にして助けてやらないと」


「……魔女にする?」


 そんなことができるのか。


「ああ、魔物をんで交わるんだ。さっきからおまえがチラチラ見てるあたしの歯も魔物の歯だ。人間っぽくはねぇけど、強そうだろ? 生の肉でも食えて便利だぜ?」


 スミレは自慢げに喋った。


 結構な秘密なんじゃないだろうか?


「交わるって……?」


 でも喋ってくれるなら質問してしまおう。


「ああ、セックスだな」


 スミレはあっさり言った。


「……男でもそれで魔女に?」


「男はまず無理だな。女の魔物はだいたいが性器にも攻撃能力を持ってる。しかも気位が高いから人間相手に股は開かない。強引にヤろうものなら食い千切られる……? なんで男の話だ?」


「ファーストキスの相手……」


 言いたくなかったけど、そう答えるしかない。


「……男が好きなのか?」


「ムリヤリだよ」


 あまり思い出したくない話だ。


「おまえ、苦労してるんだな」


 スミレは同情のまなざしを向けてきた。


「うん。仕方ないな。クノ・イチにそいつが殺されても、仕方ない。おまえのせいじゃないし、あたしのせいでもない。頭のおかしい人間同士の問題だ。それでいいだろ」


「僕が喋らなきゃ、だれも知らないから」


 聞いてしまうと罪悪感はある。


 助けたいと思うほど、僕は心温かい人間じゃないけれど、半分は僕のせいで巻き込まれて人が死ぬとなってなにも思わないほど冷たくもない、と思う。


 たぶん、自分が巻き込まれない限り。


 僕も母さんの息子だ。


「……心配すんな。仲間のところに連れてってあいつには渡さねぇ。絶対だ。魔女は義理堅いし、男は大事にする。そういうもんだ」


「……男は?」


「子供を産むのには必要だろ?」


 そして魔女は魔ってつくだけある。

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