第6話 捨て身
あらすじ くのいちは落下した。
「クノさん! クノさん!」
「……」
「そのまま落ちる気ですか! しっかりしてください! おかしなことなにもないですよ! あんな美少年が十三歳までなにもないなんて」
「殺す」
雲の下に入って、耳に装着した通信機が繋がり、呼びかけられたくのいちは空中で踏ん張り、そのまま空中を駆け出す。精神的なダメージ以外はなんともなかった。
「殺すって、だれを?」
「相手を」
「なにを言ってるんですか? キスの相手?」
「調べはついてないのか」
「調べてるわけないでしょう? そんなこと。そもそもクノさんがはじめてじゃないんだから、相手がはじめてかどうかを気にする資格なんてないでしょう。冷静になってください」
「……シンは」
くのいちは空に残ったカラスの影を追う。
魔女の飛行速度にはついて行けない操られたカラスたち、索敵のための使い魔は即撤退となったとき弱点になることはわかっている。
「よし、魔女を殺しに行く」
「ダメです」
通信相手は否定した。
「なぜだ?」
「客です」
「もう嗅ぎつけたか」
「八つ当たりなら、そちらでどうぞ」
「わかった。シンは頼む」
「頼まれますけど、正直、あの子がこちらを信じてくれる自信はないですよ。クノさんが勝手にあんなことするから。わかってますか?」
「心配ない。魔女も大差ないからな」
「……嫌ってる癖に性質はおんなじですか」
「通信、切れるぞ」
嫌味を聞くつもりはなかった。
「はいはい。通信終了」
その声を聞くか聞かないかで、くのいちはマフラーを鼻先まで上げ、口元を隠す。そして地面に向かって空気の斜面を滑り落ちるようにスピードを上げた。飛ぶように流れていく景色の先に客の気配を感じ取る。平穏な夜の街、その闇に紛れて獲物を狙う獣の如き群れ。
そこに向かって正面から突っ込んでいく。
「出てこい! 相手をしてやる!」
黒髪のポニーテールが旗印のように靡く。
闇の中に響くのは空気を裂く音。
聞こえているのは同じ速度で動ける者のみ。
くのいちは群れを引き連れ、街から一気に遠ざかる。周囲の被害を気にしてのことではない。一人一人、確実に殺す手応えを得るため。
無音の襲撃。
だが、くのいちは黒い影が刃を突き刺さそうとする自分の背中を見ている。それは分身であり、すでに入れ替わった自分の囮だ。すかさず手裏剣を投げ、その襲撃も分身であることを確認、すぐさま背後からの刃を小手で受け止め、散った火花の向こうに敵の顔を見る。
「カンダ・シンをどこへやった」
「答えると思うか?」
「単なる儀礼だ」
「なら、聞くな」
周囲を取り囲んだ気配が張り巡らせたワイヤーがくのいちを切り裂こうとする。しかし、次の瞬間には襲いかかった男の身体をズタズタに引き裂いて血と肉が地面にボタボタと落ちていく。
「もったいない。最近は捨て身の敵ばかりだ」
自分の手で切り裂いてやりたかった。
敵を自分と入れ替えて攻撃を凌いだのも一瞬、周囲から一斉に銃声、そして同時に閃光弾。真っ白く飛んだ視界の中で、くのいちはさっきの相手から奪ったサバイバルナイフで銃弾を捌く。
「無意味だ」
弾丸はひとつ残らず地面に落ちた。
「それはどうかな」
足下からの声は、くのいちの足首を掴む。
また捨て身。
「甘い」
降り注ぐ銃弾と、足下からの自爆。
だが、くのいちは傷ひとつ追わずその場を離れる。血と肉と火薬の臭い、焼け焦げた木々、灰と煙、その中でも深紅の瞳が曇ることはない。
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