アンティーク喫茶店『黒猫』
朧塚
喫茶店『黒猫』。
「新しい喫茶店が学校の登下校の途中に出来たんだよね。ユカ、一緒に行かない?」
カオリは屈託の無い笑みを浮かべて笑っていた。
私達の住んでいる街は、住宅街ばかりで、繁華街までは電車に一時間は載らないといけない場所にある。かといって、何も無い場所かと言われると少し違い、少し古い街で、昔ながらの古本屋があったり、怪しげなBARなどがあった。
同級生のヤンキー達は、高校の裏側にある山に登り、頻繁にたまり場にしていた。
カオリは少しギャル風で、所謂、清楚系ギャルと言った感じのキャラだった。面白そうなものを見つけたらすぐに飛びつく。
「新しい喫茶店って。いいけど、どんな場所?」
「なんかねー。オカルトっぽい場所なんだよね」
「なにそれ? 幽霊が出そうな喫茶店なの?」
私は団地の路地裏のジメジメした場所をイメージした。
そんな場所で喫茶店などオープンするのだろうか。
「うーんと、店内の内装が、昔のヨーロッパみたいでー。でも、ほら、日本の陰陽のマークだっけ? 後、それから、赤い鳥居のキーホルダーなんかが店の隅に売られていたりしてさ」
ギャルと言っても、この年頃の女の子はオカルトや怪談めいたものが大好きだ。特にそれに占いなんてキーワードがあれば、ほぼみんな飛びつく。特にカオリは高校デビューで色気づいているが、中学校時代はオタクなオカルト話に詳しい少し根暗な感じだった。
「一緒に行ってもいいけど、カオリ、店内ではしゃぎ過ぎないでよね? 私が恥ずかしいんだから」
「大丈夫だって、私、はしゃがないからっ!」
そう言うと、カオリはパッチリとメイクした眼でウインクする。
放課後になって、私はカオリに誘われて、例の喫茶店に行く事になった。
そこは学校から数百メートル程、離れた場所で、見通しの良い場所になった。
『アンティーク喫茶『黒猫』』と看板に書かれている。
私達二人は喫茶店の中に入った。
喫茶店の中は和洋折衷とでも言ったら良いのだろうか。
ヨーロッパ風のカーテンや椅子に対して、上手い具合に合わせて和風のテーブル・クロスをかけたりしていた。お洒落な店だ。店の端には様々なオカルトグッズらしきものが値札付きで置かれている。
カウンターには、一人の黒づくめの女性の店員が立っていた。
黒づくめの真っ黒な服に、猫の耳のような黒いリボンを頭の両サイドに付けていた。胸からは十字架のネックレスを下げている。美人だ。カオリは少し嫉妬しているみたいだった。
店員はメニュー表を私達の方に持ってくる。
「ごゆっくりしていってくださいね」
とても笑顔の素敵な店員だった。
私とカオリはメニュー表をしげしげと眺める。
昔ながらのナポリタンに、野菜カレー。ガパオライスなんかもある。
飲み物はアイスティーにブレンドコーヒー。いちごミルクなどもあった。
私は野菜カレーとコーヒーを注文して、カオリは野菜カレーとアイスティーを頼んでいた。しばらくして、私達の席に食事と飲み物が運ばれてくる。メニュー表で見たものよりも、何倍も豪華に見えた。
食事を終えた後、カオリと私は店の奥にある品物を物色していた。
ハーブ・ティーのパックに、タロット・カード。手相占いの本。陰陽師の使う五芒星の護符。ブードゥー人形。道教の本。洗脳音楽と称されたCD。漆喰が塗られた謎の木箱……。他にも何に使うのか分からない道具が大量に並んでいた。それらが赤紫色のベルベットのテーブルクロスの上に敷き詰められている。
「こういうの好きなんですか?」
私は店員に訊ねる。
「はい。私の趣味ですが、意外にもお客様は喜んでくださいます」
柔和な雰囲気の店員さんだった。
「すみません。私、学校一の美人になりたいんです。そんな魔法のような道具ありませんか?」
カオリは店員に訊ねる。
黒猫を彷彿とさせる店員は、売っている道具の中から、あるアイテムに眼をやっておいた。彼女はカオリに顔を向ける。
「“呪いの儀式”。やってみますか?」
「呪い、ですか?」
「はい。効果は持続するのですが。代償はあります。その代償と引き換えなら、学校一の美人になる事も可能かと思いますよ」
そう言うと、店員は、真っ黒なブレスレットをカオリに渡す。
値札には二千円と書かれていた。
「これを付けて、自分が一番、美人になりたいと、毎晩、願ってくださいね。効果はすぐに現れます」
彼女は屈託の無い笑顔をしていた。
ブレスレットに付いている黒い石は、所謂、オブシダンという宝石に似ている。
それにしても、何故“呪いの儀式”なのだろうか?
私はなんだか、訊ねてはいけないような気がした。
「そのブレスレット、買いますっ!」
そう言って、カオリはお会計を済ませた。
私もカオリに続いて、お会計を済ませる。
店員はまた来てくださいね、と会釈する。
料理も美味しいし、店の雰囲気も良かったので、私もカオリもまた行こうという話になった。
そして、翌日の事だった。
私達のクラスで、何名もの女子が風邪か何かで休みになった。中には事故にあった子もいた。みな、クラスで一、二位を争う程の美人だった。
カオリは担任の話を聞いて、驚愕していた。
そして、私の処に近寄ってくる。
「ねえ。このブレスレットのお陰かな? 私、昨日、ブレスレットに願い続けたんだよね」
そういうカオリは、何故か今日は肌艶が良いように見えた。
それから、一週間、二週間が経過した。
カオリはどんどん美人になっていた。
化粧をしなくても、眼がパッチリの二重になり、ニキビも無くなり、身長も少し高くなった。そしてスタイルも良くなっていた。髪の毛もクセ毛が無くなり、ヘアアイロンをしなくても済むのだと言う。頭のホクロも消えたと言っていた。
カオリは、頻繁に男子から声を掛けられるようになっていた。
何度か、告白もされるようになったのだと言う
そして、何故か、それに比例して、学校で美人だと評判の生徒達が次々と何らかの理由で不登校になったり、入院したりしていた。
「私、この前、都会に遊びに言ったらモデルをやらないかって誘われたのよね。でも、断っちゃった。危ない会社だったら嫌だし」
そう言うカオリは、左腕に大切に黒いブレスレットを身に付けていた。
何でも物凄く丈夫で、傷一つ付かないらしい。
更に、それから時間が経過して、二、三ヵ月が経過した。
カオリは学校に来なくなった。
私はプリントを届けに彼女の家に向かった。
カオリの代わりに、母親が出て二階で寝ているカオリに会うように言われた。
二階に行くと、カオリは酷く痩せ細って空ろな眼で天井を眺めていた。
彼女の母親いわく、医者に連れていっても原因不明で、最近では、声を掛けても反応しなくなったのだと言う。食事をしなくなってきたので、近々、入院させるつもりだと言う。
カオリの左腕には、あの黒いブレスレットがはまっていた。
私はそのブレスレットを抜き取ろうとする。
どうやっても、ブレスレットを彼女の腕から外す事が出来なかった。まるで、彼女の手首と一体化しているかのようだった。
私はカオリがブレスレットを買った喫茶店『黒猫』へと向かう。
私は店員にカオリの現状を話し、問い詰めた。
「ああ。あの方ですが。呪いの儀式を行うと言いましたよね。学校一の美人になりたいと。だから、ブレスレットは、叶えて差し上げたのだと思います」
「どういう事ですか?」
「はい。おそらくは、他の方から“美を吸い取って”、貴方のお友達はどんどん綺麗になったのだと思います。でも、呪い、呪術には代償がつきもの。ブレスレットが吸い取っていたのは、他の方の“生命エネルギー”であり、彼女は一時的に学校一の美人になりましたが、呪術の反動で、今度は生命エネルギーを元の持ち主に返しているのだと思います」
そう言って、黒猫似の店員は笑った。
「カオリは元に戻りますか?」
「分かりません。あのブレスレットが満足するまでかと思います。私にも、どうする事も出来ません。でも、もしかすると、ブレスレットを外す事が出来れば…………」
店員は笑顔で、ご注文は何にしますか?と問うた。
私は、すみません、急いでいます、と答える。
店員はまた来てくださいね、と言う。
店を出て、私はカオリの母親に電話を入れた。
一週間後。
私は病室でカオリの姿を見る事になった。
カオリはまだ空ろな眼をしていたが、徐々に回復しているみたいだった。
彼女の左手首は欠損していた。
あの後、母親が大ナタを振るい、何度も、何度も、カオリの腕に振り下ろしたのだと言う。そして、母親とカオリは警察によって保護された。カオリは緊急治療室に入れられ、輸血をされた。母親は心の病院に入れられた。
私は学校帰りに、毎日、カオリのお見舞いに行っている。
あの黒いブレスレットは、いつの間にか、何処かへと消えてしまったらしい…………。
次第に血色の良くなっていくカオリは、スタイルも良いままで、ブレスレットを付けて、変化が起きた時と同じように、美人のままだ。ただ、彼女は今でもブツブツと綺麗になりたい、綺麗になりたいと、天井に向かって呟いている。
女の子は美が命だ。私だって、もっと可愛くなりたい。
だけど、カオリはその代償として、一生、片腕で過ごす事になった。
老いがくれば、どんな美人も容姿は劣化する。……あんな願いをしなくても、カオリは充分に可愛かったのに……。
私はカオリの幸先を考えると、同情せずにはいられない…………。
了
アンティーク喫茶店『黒猫』 朧塚 @oboroduka
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