白百合、蒼空に舞う

292ki

花瓶

花瓶が置かれていた。綺麗な白い百合が挿さっていた。

それが置かれていたのが、いじめられっ子の机の上でなければ僕はきっと「綺麗だなぁ」って微笑むことが出来ただろう。だけど、現実には残酷ないじめの一環なのだから全然笑えなかった。

祀庚まつりかのえはその花瓶を視認した瞬間、自分の机をひっくり返した。どんがらがっしゃんと派手な音が鳴り、教室にいる全員の視線が彼に集中した。

「こんなところにいられるか。俺は帰らせてもらう」

そう一言言うと彼はずんずんと僕の前にやって来て、僕の手を引っ掴んで教室を飛び出した。

「え、ちょっと何処に行くの!?祀くん!?桜くん!?」

先生の悲鳴をもう遠くに聞きながら、僕は引っ張られるまま校内を全力疾走した。他のクラスの生徒たちがなんだなんだとこちらを見てくるのをマツリちゃんは中指を立てて怒鳴りつける。

「ああ?何見てんだよ!見せもんじゃねーぞ!金取られてーのか!!」

中指を立てるマツリちゃんの手にはいつの間にか白百合が握られていた。それは花瓶に挿さっていた白百合だった。

「ねえ、マツリちゃんどこ行くの」

するりと口から昔の呼び名が出てきたことに僕は驚く。マツリちゃんはそんなことなど気にもせず、何処か遠くを見つめながら言葉を探すように口を開いた。

「遠くへ行くんだよ。遠くへ。旅を。そう、俺たちは今から旅をするんだ!そうしよう!」

マツリちゃんが断言する。途端、走るスピードも上がって僕はつんのめりそうになる。でも、繋いだ手は離れなかった。


マツリちゃんが駆ける。スカートがひらりと翻ってパンツが見えてしまいそうだった。

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