第3話 貴族の決闘2
前回の続きいくぜ。あと悪いけど今回でも決着はつかないんだ。次で終わらせられるかどうかってとこかな。まあとりあえず始めよう。
俺がヤンエグとジジイの決闘に乱入してシーンとなったところでヤンエグのキルモンの頭の上で「俺はメリーポピンズかっ」って突っ込んだとこまでだよな。
で、一瞬の静寂の後に轟音が轟いた。
「BOOOOOOOOOO!」
何万という観衆からの大ブーイング。サイン盗みが発覚したメジャーリーグチームへのブーイングどころじゃない大ブーイング。
で俺は、そのときこんなこと考えた。
(あ〜あ、やっぱりサングラス外しながら「待たせたなぁ」って言うべきだったか。言葉が通じないんだし笑いを取るならアクションだよな)
すると聞こえてきたマイの叫び声。彼女は火系の魔術が使えるんだけど、噴射孔みたいなのをつけたスケボーに乗って俺の目の前までわざわざやってきたらしい。
「ちょっとおじさん。あんたガキなの? みんな負けた貴族の泣きわめくところが見たいの! ヒロエモ卿は成り上がった貧乏人の英雄なんだから。貧乏人にウケるのわかってててやってるんだからっ! ギルドに帰ってから殺されちゃうよ?」
マイは十六歳の日本出身の少女だ。過去の話はお互い話さないからわからないがこちらに住んで長いのだろう。価値観を十分理解している。
確かに俺も言われてみて傍と気が付いた。言われてみればその通り。マイの言うことはこの世界ではまごうことなき正論だ。
「人にガキっていう人がガキなんですう。結婚したこともないくせに言わないでくださぁい」
こちとら真っ正面から小娘にガキ呼ばわりされた挙句に正論で殴られて冷静な判断できるほど大人じゃないやいっ。
「バカっ!」
そう言って彼女はジェットスケボーでどっかに行ってしまった。まあ、彼女のほうは心配ないだろう。そのスケボーのスピードや技術には舌を巻く。実際そうでなければ小娘が生き残れる世界でもない。
俺は気を取り直して貴族の娘に言ってみた。
「およびでない?」
言葉なんて通じない。だがその娘の表情は見て取れた。唇も瞼も震えている。しゃくりあげそうになるのを必死でこらえてヤンエグをにらみつけようとしてる。ときどきぎゅうっと瞼を閉じる。そのたびに目じりから涙が一粒こぼれて頬を転がる。決めた。
「たとえ世界を敵に回しても君を守る」
こんなセリフいうの生まれて二回目だった。一回目は元妻へのプロポーズ。あの女にしてみれば俺を敵にまわしても世界から愛されたかったらしいですけどねっ!
危うく暗い過去に意識を引きずり込まれるところだったが何かが動く気配に我に返った。ヤンエグのマシンの腕が背中側に回っていた。気がついた。上からのぞき込む。指の形を変えてなにやらサインを送った。するととたんに激しいリズムが響きだした。
俺は慌てて娘のところに跳ねて抱きかかえると娘の四肢を拘束している蔦を切った。そして、着地。足に装着した竹をスプリングさせ月面を跳ねる宇宙飛行士の要領でジジイ陣営にまで抱きかかえていった。
そこから先はジジイたちの判断にゆだねるつもりだった。どうせ天涯孤独の身だ。別の町のギルドに行ってもいいし、海辺の町で魚釣りしながら暮らしてもいい。どうせ動けなくなったらくたばるだけだ。
ジジイ陣営はさすがに経験豊富というか俺が現れた時点でオーケストラの指揮者の指示でジジイのキルモンを陣営に魔力で動かしていたらしい。でっかいテントみたいな陣営の中でジジイは横になっていた。娘が駆け寄るとジジイは意識を取り戻した。すると指揮者もやってきて娘と何やら説明している。
とりあえずあとは野となれ山となれと思った俺は逃げ出そうとしたがベテランメイドという感じの女性に頭を下げられた。そして、何やら言われてあとをついてくるように促されると別のテントに連れていかれ、なにやらでかい曲線の装飾が施され椅子に座らされた。そこで紅茶を差し出されると、喉が乾いていることに気が付いた。それなりに緊張はしていたらしい。
しばらくするとベテランメイドに促され俺はテントから出た。すると娘は鎧からドレスに着替えさせられておりジジィもタキシードに着替えて腕を組んで立っていた。そして、執事というのか年配の実直そうな男が白旗を振っている。
(なるほど、ここが落としどころか。大衆の眼前で服を脱がされるような真似をされるくらいなら降伏してやるから。正式にお前の嫁になるんだから大切にしてくれよなってとこか。丸く収まれば俺もギルドに戻れるかもな)
そんなことを考えていた。そして、荘厳なオーケストラが響く中ジジイと娘は静々とヒロエモ卿とかいう奴に近づいて行っている。だが時折娘が立ち止まり動こうとしなかった。その肩は震えている。ジジイは娘が動き出すのを何もせず待つ。ヒロエモも一連の流れの中で落ち着いたのか何か企んでるのかキルモンから降りてタキシードみたいな上等な服に着替えて笑顔で花嫁の到着を待っている。
まあ、これで決着かと思って特等席で見物するかなどど思っていたらやたらと体が暑いことに気が付いた。拭っても拭っても汗が吹きでる。そして俺はないやらわけのわからない怒りに満たされていった。そして気が付いた。俺はあの夏の日、元妻と浮気相手の男の前で何も言えずに帰った日。娘がその男の子であると確信したときになにひとつあがくことなくすべてを手放してしまった。
俺はあの日、何もできなかった自分に腹を立てていた。そして目の前では金と力で嫌がる女を娶り、大衆の英雄として生きていける奴がいる。ただの奴当たりなのは十分理解している。ただヒロエモの余裕しゃくしゃくの態度に自分が馬鹿にされているような気分になっっていった。
(俺が決闘を挑むか、なんつってな)
サラリーマン時代に身に着けた気分転換を試した。鼻から息を抜き苦く笑って微笑んで目の前のやるべきことに集中する。でもだめだった。そもそもここでは俺は孤独だが自由だ。やらなきゃいけないことなんてない。楽しいことを考えようと子供のころに呼んだギャグマンガを思い出した。決闘に乱入したからか決闘のシーンが思い起こされた。
たしか中華料理屋の料理人が自分の料理を馬鹿にされたときに決闘を挑む儀式。熱々のラーメンスープの入った寸胴鍋を相手にたたきつけるというギャグだった。思い出して力が抜けた。
そこへベテランメイドが何やら話しかけてきた。見てみた。彼女は微笑んで力づけるように頷くと俺に手袋を差し出した。俺は理屈なんかわからないままその手袋をひっつかみヒロエモに向かって駆け出しこう叫んでいた。
「ちょっと待ったぁーっ!」
そして、弾むように奴の目の前にたどり着くとジャンピングスマッシュの要領で奴の顔に手袋をたたきつけて叫んだ。
「何勘違いしてるんだ。まだ俺のバトルフェイズは終わっていない!」
「wooooooooooooo!」
ブーイング以上のどよめきが聞こえてくる中、俺は。あれ、ごめん、勘違いしてるの俺だよね、と思いながらも顔を真っ赤にしてキルモンに乗り込んだヒロエモをにらみつけていた。だってその余裕しゃくしゃくの顔がむかつくんだもん。
「ちょっと、おじさんほんとにバカっ! ほらつかまって!早く逃げようよ」
マイが再びやってきてくれたらしい。
俺の中にも冷静な自分がいた。でっかい重機みたいなキルモンに剣道以下の防具と武器でどう立ち向かうつもりなんだよ。何かを奪って離脱するのとはわけが違う。こいつを戦闘不能にまで追い詰めなきゃいけないんだ。勝算なんてない。ただむしゃくしゃしてやった。だが後悔もしていない。
「マイちゃん。今までありがとう。逃げてくれ」
「バカっ! おじさんはドン・キホーテじゃないんだからね」
そんなんじゃない。俺はただきっと女を泣かせるやつは許せないという呪いにかかっているんだろう。
俺が何も言わないでいるとマイは名残惜し気に俺の頭上を何回か旋回すると行ってくれた。ジジイたちもいつのまにかいなくなっている。よかった。巻き込みたくはなかった。俺は何物にもとらわれない晴れ晴れとした気分でヒロエモを見ながら奴の泣き顔を想像していた。
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