人魚の解体方法をインタビューする話

冷やし冷蔵庫

フィッシュオアビーフ?

人魚の調理法?

ええ、お教えしますよ。

意外ですか?

でも別に調理法自体は秘密ってわけじゃないですからね。

それに、それほど難しかありません。

あんた料理人かい?

じゃあ話は早い。

さばくのは、いたって簡単です。

必要なのは体力と慣れですね。

使うのはほら、この包丁です。

でかいでしょ?

こいつは刃物職人が特別に作ったやつでね。人魚の骨ごと一気に解体できるすぐれものですわ。

体長にもよりますけど、一匹の人魚で二人前ですかね。

あんまり少ないと、不老不死の効果がないみたいなんですわ。

あたしも長年の経験上、だいたいそのくらいは食う必要があるらしいことがわかってます。

まさか。恐くなんかありませんよ。

ああ、あんた、人魚の上半身を想像したんでしょ。

鱗がない、人間みたいな見た目のほうね。

違いますよ。人魚の可食部は下半身の部分なんです。

下半身は魚ですからね。マグロやカツオとたいして変わりゃしません。

寿司職人ならみんなやれる。

まず、上半身と下半身の境目を切断して、ふたつに分ける。

ここが肝心です。

やつらは上下で体が全然違いますからね。

でもハラワタは繋がってますから、ゆっくり引き抜くんです。

魚のハラワタ取りと似たようなもんですよ。ずずっと一気に引き抜くんです。

若い人魚だとね、きれいなピンク色のハラワタがでてきますよ。

そんで薄切りにしてさっと湯通しするのが人気ですかね。

ちょっと臭みがあるから刺身では食えません。

味付けはあたしの長年の腕の見せどころってやつですわ。

一番手が抜けない。

だいたい、人魚の肉を食って不老不死になろうなんて連中はみんな金持ちで舌が肥えてますから。下手なもん出したら怒られちまいます。

日本人の顧客には、やっぱり醤油ベースの味つけが好まれますかね。

最近じゃ、ホワイトソースとチーズでグラタン風、なんてアレンジも人気ですよ。

上半身?

ああ、ありゃあ、食えたもんじゃありません。

肉は硬くて筋っぽい。

ほら、よく言うでしょ。肉食の獣は不味いって。

あいつらも肉食らしいんでね。

上半身は最初に切断したら、即ゴミ箱行きです。

あはは、たしかに惨殺死体現場みたいでちょっと気味悪いですけどね。

慣れればたいしたもんじゃありません。

上半身の見た目……ですか?

お兄さん、変なこと聞きますね。

まあいろいろいますよ。

そこはほら、人間に似てるから、あたしもよく区別がつくってもんです。

だけど夢を壊すようで悪いけどね、美女だらけなんてのは物語の中の話ですよ。

実際は年寄りもいれば不細工な人魚もいるんです。

そりゃあやっぱり、顧客に需要が高いのは女の人魚だよ?

でも若い女の人魚ってのは警戒心が強いみたいで、めったに手に入らない。

あたしだってこの仕事長いですけど、調理したのは片手で数えるくらいです。

昔、金髪美女の人魚をさばいたことがあるけど、あれはちょっとドキッとしたよね。

あはは、ここだけの話ですよ?

映画女優さんみたいな顔立ちでね。

目なんか青くて、まさに物語の人魚姫みたいなもんだから、まな板に載せるときは思わず丁重に扱ったものさ。

なかなか思い出深いですよ。

でもその一度だけですね。印象に残ってるのは。

ええ、まな板ももちろん特注品です。

人魚の体長は人間とさほど変わりませんから、あいつらを載せられるくらいの大きさがないといけない。

いくら上半身が人間に似てるっつっても食材ですからね。

あたしのもとに届いたときはだいたい氷締めされてますよ。だから他の魚さばくのと対して変わらんです。

ええ、おかげさまでね、あたしらみたいな人魚専門の調理師は数が少ないもんですから、長く働かせていただいてますよ。

いつの時代も需要は永久にありますから。

だけど最近はあいつらもめっきり数が減って、めったに捕まらんらしいですわ。絶滅の危機だとかね。

噂によると、養殖の研究なんてもんも進められてるらしいですよ。

だけどあいつら、餌にうるさいからねえ。

これがなかなか難しいらしい。

ま、不老不死の肉を大量生産してスーパーに並べるわけにもいかんですしね。

……えっ?

本当かい?

お兄さん、本物の人魚見たことあるの?

いつ?

へええ、二十年前っつったら、あんたまだ子どもだっただろ?

いや、疑ってるわけじゃないよ。

たしかにあの島の入り江は、大昔はあいつらを見たって話も聞いたことあるからね。

あたしは信じるよ。

だけどそりゃあ、お兄さんずいぶん運がよかったね。

あいつら普通、人間のいる場所には姿を現さないんだよ。

え?

赤髪の人魚ねえ……どうだったかなあ。

すみませんけど、これまで調理した人魚の顔なんて、そんなこといちいち覚えてないんですよ。

あんたも料理人ならわかるだろ?

サンマの顔なんていちいち覚えてるかい?

いや、目の色なんてもっとわかりませんよ。

あたしのところに着く頃には顔なんて潰れてるやつもいるしさ。

は?

なんですって?

ちょ、ちょっと!

なにすんだ。

あんた、落ち着いて。

そんな物騒なもんはしまってください。

勘弁してくださいよ。

あたしは客に頼まれて仕事をしてるだけのケチな料理人ですよ。

恨むんなら、その人魚を食った連中でしょ。

いや、不老不死のやつはそんな拳銃じゃ死にやしませんけどね。

ばらばらにして燃やさないと。

ちょっ、痛い!

勘弁してください!

いや、知りませんって!

こ、こ、このレストランのオーナーなら、知ってるかもしれません。

い、いつも顧客を連れてくるのはあの人ですから……。

痛っ!

何をする気ですか。

待ってくださいって、あたしは――、

……

……

……

……

……

ああ、よかった。

オーナー、来てくれて助かりましたよ。

え? やだな、オーナーのこと喋ったの聞いてたんですか?

聞いてたんなら早く助けてくださいよ。

怒んないでくださいよ、いいでしょう、どうせもう関係ないんですから。

おや。

お兄さん。

まだ意識があるんですか? そりゃあすごい。

ちょっとオーナー、それ、電圧足りてないんじゃないの?

いつから使ってるやつなんだい。

やっぱり若い兄ちゃんには効きにくいのかね。

あのね、お兄さん。

この仕事長くやってると、たまーにあんたみたいなのがいるんですよ。

お兄さんみたいに、本物の生きてる人魚に会ったなんて人はさすがに稀ですけどね。

獣趣味っていうんですか?

最近は愛護がどうなんていうのかな。

とにかく、そういう連中がうちの店をどこからか嗅ぎつけて襲ってきたりするんです。

まったく迷惑な話ですわ。

でもお兄さん、タイミングいいね。ちょうどよかったよ。

客の要望でね、来週まで生簀で人魚を飼わなきゃならなくなったもんで、餌を探してたんですよ。

ほら、あいつら餌にうるさいって話したでしょ?

あんたなら若くて健康そうだし肉付きもいい。

味にうるさい人魚もきっと、充分に気にいると思いますよ……。

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