第3話

「ノゾミ、どうしたの?」

 なんでしーちゃんはこれが好きなんだろう。

 わたしより可愛い訳でもない。面白い話もしない。ずっとにこにこしてるわけでもない。

 小さいときからいっしょに居たから?しーちゃんは時間が経ったら好きになるの?

 しーちゃんの好きって、なに?

「なんか今日ずっと上の空だったよ。なにかあったの?」

 ねぶそくでぼんやりした頭に意味の分からない質問が入ってくる。

 なにかあった?なにもないに決まってる。なにをいってるの。わたしはなにも変わらない、しーちゃんがそれを求めてた。わたしは変わらない。なにもない。わたしはなにもない。変わらない。だからしーちゃんに見てもらえる。こうしてめんどうくさいデートを続けていればしーちゃんはわたしを見てくれる。ああ、だったら、そっか、ちゃんと、ちゃんと返さなきゃ。

 えっと、えっと、なんだっけ。

 なにかあったの?

 うんと。

「んー、ちょびっとねぶそくかもー」

「ええっ、大丈夫?」

「でもさくのんとのデートだからねー」

「もぉ。無理しちゃだめだよ」

 あぁ。これじゃなくてしーちゃんに撫でてほしいな。いたくていたくて苦しいけどとってもしあわせだから。わたしはしあわせになるから。こんなのなんにも感じない。なんにも。

「わっ、」

「んふふー。優しいねーさくのん」

 でもそっか。

 これとはどれだけいっしょに居てもなにも感じない。

 これとなら、きっと、眠れる。

 そっか。眠れるんだ。やだな。しーちゃんとずっといっしょに居られるなら、眠れなくたっていいのに。いたくてもいいのに。冷たくてもいいのに。いたいより冷たいより、なんにもない方がずっとふしあわせだ。

「さくのんってさー。気づいてないかもだけど、なんかあまい匂いするんだよ」

「ひゃぁっ、もう、ノゾミ!、んぅっ、」

 あれ?なんでだろう。なんでわたしは眠たいんだろう。眠るのなんていらないのに。わかんない。あまい匂いがする。ずっとかぎなれた匂い。ああ眠たいな。やだな。こんなところで眠りたくない。眠りたくない。

「ねー、さくのん。えっちなこと、する?」

「え、えぇっ!?やや、寝不足なんでしょ?」

「そーだけどさー」

 眠たい。

 しーちゃん。

 眠たいよ、しーちゃん。

「ノゾミ、?どうしたの大丈夫?」

「えへー?」

 なんだろう。あれ。ああ、泣いてる。えへへ。ふしぎ。

「なんでだろ」

 わかんない。

 なんでだろう。

 いつもどおりなのに。

 なにもないのに。

 ああ。

 しーちゃん。

 眠たいの。

 眠りたいの。

「やっぱり今日はゆっくり休んだ方がいいよ。ごめんね、気が付かなくて」

 抱っこされる。なにも感じない。いつもどおり。あまい。それだけ。

 ああ、もしかして、しーちゃんはこれが好きなのかな。あまい。あまいから。わたしもあまくなったら―――ちがう、ちがう、わたしはしーちゃんに見てもらうだけでいい。いいの。いいのに。なんで。あまくなりたい。わたしもあまいのがいい。


 ずるい。


 ちがう。

 ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、そんなこと考えてない。やだ。そんなのない。しーちゃんに見てもらうの。ずるいなんて思わない。しーちゃんは私を好きにならない。わたしがしーちゃんに見てもらうためには、もう、嫌われるしかない。だからしーちゃんの好きなものをとったの。それだけ。わたしはしーちゃんに見てもらうだけでしあわせなの。

 なのに、なんで、なんでこいつだけがしーちゃんに好きになってもらえるの。

「やだ」

「え?」

 あまい。あまい。わたしもあまいのがいい。匂いだけでいい。匂いがほしい。ちょうだい。ね。いいでしょ。ちょうだい。どこから出てるの?教えて。

「んっ、ぁ、あ、もぅ、ノゾミ、」

「さくのん、したげるね。今日ぼぉっとしてたおわび」

「寝不足はっ、はぅ、ぅ、ノゾミ、また明日でもいいから、」

「わたしがしたいんだよー」

 髪があまい。耳があまい。目があまい。ほっぺがあまい。首筋が甘い。肌はどこもあまい。口もあまい。指もあまい。爪もあまい。肩もあまい。肘もあまい。腰もあまい。お尻もあまい。足もあまい。膝もあまい。足の指だってあまい。あまい。ぜんぶあまい。なんであまいの。ずるいよ。どうして。香水もボディーソープもぜんぶわたしのとおんなじ。しーちゃんに見てもらえるようにそうした。でもわたしはあまくない。あまくないの。ずるいよ。なんでこいつだけあまいの。わたしだってあまいのがいい。

 あまいのがいい。

 あまいなら、わたしがあまいなら、きっとしーちゃんは、しーちゃんは、しーちゃんは。

 ああ。

 やだ。

 やだやだやだやだやだ。

 やだよ、やだよこんなの、眠らせて、考えたくない、やだ、なんで、あまいの、眠らせてよ、もっとあまくして、そんなのいらない、眠るの、眠って、しーちゃんのそばで眠らなくていいように、いやだよ、あまいのがいい、わたしは、わたしは、わたしは


 わたしも、


 わたしも、しーちゃんに好きになってほしいよ。

 好きなの。好きなの。でもわたしはしーちゃんに見てもらう方法なんて知らないから、こんな、しーちゃんに嫌われて、いたくて、冷たくて、いやだよ、もういたいのはやなの。あまいのがいい。わたしもあまいのがいい。

「あ゛はっ。好きだよ、好きだよ、好きだよ」

 好きだよしーちゃん。

 好きなの。

 ね。

 こんなやつだめだよ。

 しーちゃんの嫌いなわたしを好きなんておかしいよ。

 しーちゃんが好きじゃないなんておかしいよ。

 おねがい、こんなの嫌いになって。気持ち悪いでしょ。こんなの気持ち悪いでしょ。こいつのなにがいいの、うるさいよ、気持ち悪いよ、熱いの、濡れてるの、おかしいよ、気持ち悪いよ。

 わたしを好きになってよ。わたしはしーちゃんが好きだよ。わたしを好きになってくれたらしーちゃんはしあわせだよ。わたしあまくなるから、だから、だからわたしを好きになって、おねがい、しーちゃんと眠りたいの、しーちゃんのベッドで眠りたいの。しーちゃん、しーちゃん、しーちゃん、こんなの見ないで、わたしを見て、一度でいいから、おねがいだから、おねがい、おねがい、わたしを見て、そしたらわたししあわせだから、おねがい、ほんとなの、だから、一回でいいから、見てよ、わたしを見てよ、見てよ、おねがいだから、しーちゃん、しーちゃん、わたしを、わたしだけを、しーちゃん

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