第2話
しーちゃんのカラダは冷たい。だから抱っこされると少しだけ胸がいたい。それなのに抱っこしてくれるとしあわせな気持ちになる。もっともっと抱っこしてって思う。今までこんな人に会ったことはなかった。今まで好きになった人はみんな暖かかった。だから安心して、でもしーちゃんはそういうのとはなにか違った。でもどうしても抱っこしてほしくて、なるべくふかふかしてあったかいパジャマを着てもらったら、少しだけだいじょうぶになった。しあわせはちゃんと伝わって、しあわせになると他のことが考えられなくなっていつの間にか眠ってしまう。それはとっても気持ちがいい。眠っているあいだだって、わたしはしーちゃんからしあわせをもらえる。
そのはずだったのに。
あの日からおかしい。
しーちゃんから逃げたあの日から。
わたしが逃げたから?だからしーちゃんはいじわるしてるの?
しーちゃんがずっと冷たい。抱っこされるといたい。しあわせじゃない。眠れない。眠れない。しーちゃんに抱っこされると眠れない。抱っこしてほしくない。でも、でも抱っこしてほしい。分からない。しーちゃん、しーちゃん、好きなのに、なんで、なんでしーちゃんは冷たいの、やだよ。
「しーちゃん、しーちゃん、して、優しくして、しーちゃん、」
「いいよ。おいで」
お願いしたらしーちゃんは触ってくれる。
しーちゃんの指はいつも気持ちい。なのに、なんでこんなにいたいの。しーちゃんの舌が冷たい。いつもはあんなにあったかいのに。冷たい、いやだ、冷たい。
「しーちゃん、おかしいよ、しーちゃん」
「どうしたの、ノゾミ」
しーちゃんがわたしを見てる。
冷たい。
目が。
冷たい。いたい。
笑ってよ、しーちゃん。
「なんでそんな顔するの。なんで」
「べつにいつも通りだよ」
おかしい。ちがう。だって。しーちゃんはこんな顔しない。しーちゃんはもっとわたしに、わたしに、わたしに、
「しーちゃん機嫌悪いの?ねえ、答えて、答えてっ」
「いつも通りだよ」
しーちゃんの目がわたしを見てる。
見てる。
わたしを。
いつもどおり?
これが、いつもどおり。
でも、あれ、?
わたし、って。
いつから、しーちゃんに笑ってほしいって、思ってたんだっけ。
なんで。
ちがうのに。
見てもらうだけでしあわせだよ、ちがう、触ってほしい、冷たい、いやだ、いやだ、いやだ。
「ノゾミ」
しーちゃんがほっぺに触れる。
ほっぺが冷たい。
動かせない。
いつもは勝手ににこにこしちゃうのに。
いたい。
冷たい。
いやだ。
「ノゾミ、なにか勘違いしてるよ、ノゾミ」
「なに。なんのこと。しーちゃんがなに言ってるか分かんないよ」
ぐるり回る。
しーちゃんがわたしを見下ろす。
しーちゃんが笑う。
見たくない。いやだ、見せないで、そんなもの見たくない。
「ノゾミ。あなたはね、私を脅してるの。サクノとの関係を笠に着て私を脅してるの。分かるでしょう?私がなんであなたを受け入れてるか分かる?サクノがあなたのことを好きだからだよ。あなたがサクノと恋人だからだよ。あなたがサクノを捨てないように私はあなたを受け入れてるの。あなたが言ったんだよ。サクノの恋人を続ける代わりにベッドを貸してって。ねえ。そのうえあなたなんかの身体を気持ちよくするためのおもちゃになってあげてるの。ねえ。図に乗らないでよ。なんでそんなことするの。あなたは私をおもちゃにしていれば満足なんでしょう。なんでそんなことを言うの。機嫌が悪い?あたりまえでしょう?私はあなたに脅されてるの。嫌々あなたと一緒に寝てるの。こんなパジャマだってほんとは私の趣味じゃない。あなたの髪から同じシャンプーの匂いがするたびに反吐が出る。寝起きにあなたの顔を見るたびに殺してやりたくなる。それでもあなたと寝てるのはサクノが大事だからだ。あなたじゃない。あなたじゃない。あなたなんかじゃない。あなたじゃないの。あなたじゃないんだよ。あなたじゃないのに。あなたじゃないんだ。あなたじゃないよ。あなたじゃない」
しーちゃんはなにを言ってるの、だって、そんなの当然だ、わたしはしーちゃんに見てもらいたくて、だからしーちゃんの好きな人をとって、しーちゃんはわたしを見て、ほかに方法なんて知らなくて、でも、しーちゃんはわたしのことを好きに、なって、なって、なって、ない、の、?
ちがう、そんなの普通だ、わたしは、わたしはしーちゃんに見てもらうだけでしあわせで、しーちゃんがわたしを見てくれるからしあわせで、今だってしあわせなのに、しーちゃんの目にわたしが映ってる、だからわたしはしあわせで、わたしは欲張りな子じゃない、わたしはしあわせで、しあわせだからこんなのへっちゃらなのに、なんで、なんで、わかんない、どこに行くのしーちゃん、やだよ、溶けないで、にじまないで、離れないで、そばにいて、抱っこして、冷たくてもいいから、いたくても我慢するから、だからわたしを抱いて、おねがい、やだ、好きなの、わたしを見て、わたしに触って、ちがう、見るだけでいい、でも、やだ、見ないで、もっと触って、やだよ、
「なんでノゾミが泣くの」
「わかんないよ、わかんないよ、わかんないよっ」
「ねえなんで。言ってよ」
「わかんないよッ!やめてっ、いやだ、こんなのちがう、ちがう、ちがう!」
しーちゃんのカラダが重なる。
冷たい。
いたい。
いたい。いたい。いたい。いたい、いたい、いたい、いたい、いたいいたいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいた―――
「なんであなたはそうなの。分からないんだよ。分からないんだよ」
しーちゃんの舌が首に刺さった。
いたい。苦しい。息ができない。
わかんないよ、しーちゃんがなにを言ってるのか。わかんないよ。わかんない。
でも、ね、?でも、だいじょうぶだよ、いたいけど我慢するよ、いたいけど大丈夫、しーちゃんが触れてくれてる、しあわせ、いたい、いたいよ、でもしーちゃんが近くに居るの、しーちゃんがわたしの傍にいてくれるの、わかんないけど、だから、いいの、いたくても、だから抱っこして、わたしに触れて、いたいよ、やだよ、抱っこして、いやだ、しあわせがやだ、眠らせて、いたいよ、眠れないの、いたい、やだよ、しあわせだよ、なのに、しあわせだよ、しーちゃんが居るから、しあわせなの、しあわせなの、しあわせなのに。
「どうしてあなたまで変わったの。ねえ」
しーちゃんに吸われるたびに肌がいたい。いたい。いつもはもっと気持ちいのに。
変わった?わたしが、?どうやって?わかんない、わたしは、わたしがわがままだから?だからしーちゃんはいじわるするの?わたしはただしーちゃんが好きなだけなのに、なんで、
しーちゃん、なら、わたしがちゃんとしたらいいの?ねえ。
「わたしは同じだよ。しーちゃん、わたしずっと同じ」
「嘘だよ。嘘つき」
「ウソじゃないよ。なんなの、なんでそんなこと言うの、いじわるしないでよ」
「いじわる?どっちが」
なんで、なんで、やだ、笑わないで、そんな目でわたしを見ないで、どうすればいいの?ねえ、どうすればいいの?いじわるなんてしてないよ、わたしはただしーちゃんに見てほしいから、だからしーちゃんの好きな人をとって、しーちゃんがわたしを見てくれるから、ねえ、わたしはどうすればいいの?いじわるってなに、教えてよ、わたししないから、だから、なんなの、わたしは、じゃあ、しーちゃんの喜ぶことをしてあげればいいの?そうしたらしーちゃんはいいの?わたしいじわるじゃなくなるの?
「ッ、ふ、ぅんっ」
いいよ、する、なんでもする。いたいけどいい。もうこんなもこもこなんていらないから。する。しーちゃんの喜ぶことするよ、だからおねがい、おねがいだからそんなこと言わないで。
いたいよ、舌が千切れそうなの、指がすり切れるの、肌が破けるの、でもしーちゃんは喜んでくれるでしょう?だったらいいの、するよ、なんでもする、だから、だから、だから、だから、だか、ら、
ううん、なんでもいい、なんでもいいから、おねがい、しーちゃん、おねがいだから、わたしを見てよ。見て。それだけでいいの。それだけでいいから、おねがい、おねがい、おねがい、
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